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のらぬこ [手記さまざま2]

今日はネット言葉を使って書きたい。うちの近くには路上にぬこが多い。私は若い頃にぬこに意地悪をしたのを悔いて、今はぬこに優しくしたい。

若い頃の私は今より元気があり前向きだったが、物事をよく考えるとか相手の事をよく考えるというのをしなかった。何となくその時の思いで突っ走った。あれは一日中雨の降る日だった。若い頃の私は学校から家へ帰ってきた。すると家の軒下でぬこの家族が雨宿りをしていた。体じゅうが真っ白い、白ぬこの家族だった。でも親ぬこの顔はちょっと不細工だった。私は、私の家で雨宿りするぬこを見た時、何となくこう思った。ここは人間様のテリトリーだ。それをぬこに思い知らせなければならない。それで、遠くからだったが拳を振り上げて威嚇した。私の意図を察したのか、私の拳が届くわけでもないのに、ぬこの家族は軒下から立ち退いてどこかへ行った。親ぬこは、なんだか恨めしそうな顔をしていた。ぬこを追い払ってから、若い私は後悔した。

その記憶をなぜか、年をとっても忘れられない。どうやらその時の白ぬこの家族は代替わりしつつ今でも近所に居座っているようだ。なぜなら白いぬこがいて、顔がちょっと不細工だからだ。ぬこの家族を追い払ってから何年もの間、私はぬこの事をとくに考えずに過ごしたと思う。それがある時、夜中に私の部屋のすぐ近くでドコドンドコドコドコとものすごい音がした。部屋の窓の外はベランダになっていて、奇妙な音はそこから聞こえてくる。私はゾッとした。なぜならベランダには外階段が付いていて、不審者が登ろうと思えば登れる構造になっているからだ。音は1回では終わらなかった。しばらくしてまたドコドンドコドコドコ。音の感じが人間の足音ではないとわかった時、私はさらに怖くなった。実はその日は、向かいの家の犬が寿命で今夜にも死ぬだろうという日だった。その犬は夜になって、一度寂しそうに吠えた。家の人は、けっして冷淡ではないのだが能天気なタイプで、犬の声にも気づかずに出てこなかった。だから私は、いまわの際の犬が最後の力をふりしぼって走り回っているのか、あるいはひょっとして死んだ犬の幽霊が走り回っているのかと怖くなった。するとまたドコドンドコドコドコ。私は部屋の明かりを消して暗闇に目を慣らし、カーテンの隙間からこわごわと外を見た。

月明りに見えたのは、子ぬこだ。小さいが元気な子ぬこが1匹いる。体じゅうがまっ白だ。この調子で夜中じゅうドコドンドコドコドコやられては困るので、私はベランダで遊んではいけないことを子ぬこに教えなければならなかった。わざとカーテンを開けて姿を見せると、子ぬこはびっくりしてベランダから去って行った。

ところがしばらくして、またドコドンドコドコドコ。懲りないぬこだ。私はカーテンの隙間から様子をうかがった。今度は2匹いる。2匹の子ぬこが遊んでいる。さっきの白ぬこと、もう1匹は黒ぬこだ。どうやら時節柄窓の外に下げてあったすだれと窓との間にできた空間が、子ぬこの格好の遊び場になったらしい。しかも先日の大風ですだれを留めていた紐が一部切れてしまい、うまい具合にすだれと窓の間に入りやすくなっていて、なおさら遊び場になってしまったようだ。黒ぬこはもうそこに入って、離れた所にいる白ぬこに向っておちゃめなポーズで呼んでいる。でも白ぬこは来ない。なぜなら黒ぬこはまだ私に出会っていないし私に背を向けているが、白ぬこは一度私に出会っているし、いま私のほうを向いているから。私は黒ぬこに気づかせるために窓をすこし開けた。自分の背中側で音がしてびっくりした黒ぬこは、白ぬこと一緒に逃げていった。

それから数年が経った。白い子ぬこはもういなかった。そのかわりに、堂々としたデカい白ぬこが1匹いた。つまりあの子ぬこがデカくなったのだ。遺伝的に、顔は成長するとちょっと不細工になるらしい。こうして、白ぬこは代替わりしながら今もうちの近所にいる。

今年もぬこは、夜のベランダにやってきた。子ぬこでなく、デカくて不細工なのだ。ぬこがデカいと音もやかましい。ゴンガサゴサゴソゴソ!一体なにをやっているんだ。家の壁に体をこすりつけているような音だ。そのうちに、窓とすだれの間に入ってきたらしい音。やはり窓とすだれの間の空間はぬこの興味をひくらしい。で、しばらくしてフーッ!フーッ!と怒っている。たった1匹でなにを怒っているんだ。変なぬこだ。私は大風ですだれが飛ばないように、ただ吊り下げるだけでなく下のほうも紐で留めている。窓の敷居の木材に金具を付けて、そこに紐を結び、紐のもう一方の端をすだれに結び付けている。ぬこはそんな紐があるとは思わないから、すだれの内側の暗闇でその紐に顔から突っ込んでびっくりしたのではないだろうか。

この白ぬこは、うちの外階段の踊り場も好きだ。陽が当たる時にそこに居座るのが普通だが、時には夜中にも居座る。ある時、仕事から帰宅した時、私は足が痛かった。階段を登るために足を上げるのが辛かった。だから私は自分の足元ばかり見て階段を登った。あと少しで上まで着くという時にはじめて私は前を見た。すると目の前に白ぬこがいるではないか。ぬこは階段の上で私と対面してまごまごしていた。きっと、踊り場に居座っていて私に気づくのが遅れたのだろう。そして運悪く、そこは階段の上のほうだから、階段から飛び移る塀まではちょっと距離があった。階段を降りようにも、そこには私がいる。私はさっき書いたように足が思うように動かないから、ぬこのために気をきかせてやる余裕はない。ぬこは少しの間まごまごした後、覚悟を決めたのか、ちょっと離れた塀のほうを向いて、えいやっと飛んだ。

さて、言うまでもなく、ぬこは気ままな生き物だ。お気に入りの場所はあるが、基本的にひとつ所に居座る生き物ではない。いろんな場所を勝手気ままに歩く。のらぬこの場合、そのへんの道路は全部ぬこの庭だ。だから私がぬこに出会うのは、自分の家よりも路上のほうが多い。仕事帰りに、家が近くなると、私はちょっと期待する。今日はぬこに出会えるだろうか。道路の真ん中に置物のように居座っていることもあった。最近は、灰色の子ぬこが路上デビューを果たした。お気に入りの場所は、とある家の前だ。私が買い物に行く時、散歩に出る時、いつも大体おなじ家の前にいる。先日は夜になってから散歩したが、夜もそこにいた。私は散歩の予定を変更し、少し離れた場所に立って、のらぬこ・ウォッチングと洒落込んだ。子ぬこは置物のように動かないので、実際にはそこを通りかかる人間のウォッチングになった。しばらくすると自転車に乗った女性が通りかかった。女性は自転車を停めて、子ぬこにかまってから、先へ行った。それからまたしばらくして女性が通りかかった。この女性も子ぬこにかまってから行った。私は小さい頃からずっと動物を飼っていないので、接し方がわからない。私が変な行動に出てぬこをびっくりさせるのが嫌だから、離れて見ているしかない。まるで子供の頃の恋愛のように不器用だ。でももうこの歳になると、今から自分を変える気も失せた。私はこのままぬこを見守ろう。

少し前までは10月にしては妙なほどに暖かかったが、急に寒くなった。これからの季節、寒がりのぬこは路上に居座らないかもしれない。ぬこに会えなくなるのは、ちょっと寂しい。

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