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精神がおかしくなるというのは、きっとこういう事だ [ここは地獄の3丁目]

前回の記事をUPしたのは6月4日だが、本当に書いたのはもっとずっと前だ。だから時間に沿って読むならば、まず前回6月4日の記事があり、その数日後に5月24日の記事となる。5月24日の記事とは何だったかというと、内覧に行ってから私の精神状態がおかしくなったという話だ。私は、変になった自分の心を何とかするために、心を趣味にぶつけ続けた。

そして今回の記事になる。私の心はさらに悪くなり、親に出会うと不幸が襲ってくると予感するようになり、自室に閉じこもった。もちろん外出しなければならない時もある。すると外出時に親が私に、駅前のスーパーへ行く用事はないかと聞いた。そういう用事はなく外出時間が迫っていたので私はすぐに家を出たが、後から不安が襲ってきた。親はまた良からぬ事を考え始めた。今度は駅方面の物件に私を誘うつもりだ。そうとしか思えない。もう私は親と一緒の場所で生きるのは不可能だと思った。それから数時間が経ち、親からまたメールが来た。駅前のスーパーでジョロを買ってきたと書いてあった。親が私に聞いたスーパーへ行く用事というのは、物件ではなくジョロだった。でも私はジョロとは気づけなかった。「親が何か言う」イコール「不幸の再来」と信じ込んだ。つまり私の心はもう病気になっているのだ。

今日、とんでもない事がわかった。6月4日の記事に書いた事、つまり、夏の終わりまでは物件内覧はできない。そのかわりに秋になったら私から進んで動くという事を、親には言ってあった。ところが業者から電話が来て話す親の言葉は、それとは全然違う。私が前回内覧の物件は部屋が足りないから拒んでいると言うのだ。私はそんな不満で物件を拒んだ覚えがないし、こんな拒み方ではまたすぐに業者から次の物件の連絡が来るではないか。そうしたら私の心の病気がまたひどくなるではないか。これはもう私が業者に直接言わなければと思い、電話を代わってくれと親に言ったが、時すでに遅く親は電話を切ってしまった。それから親と、またもや話し合った。親は私が、部屋が足りないと言ったと主張する。親と物件の話をした時、私はそんな事をひょっとしたら言ったのかもしれないが、それはいろんな事を話し合う中の流れの一部にすぎなかった。つまり私にとってどうでもいい。私にとって大事なのは、夏の終わりまで待ってくれという事だ。親はそっちのほうはスルーしてしまったようだ。だから私は再度、夏の終わりまで待ってくれと親に伝えた。すると親は、手付金を払っておけば今すぐ引っ越す必要はないのだからと、またもや事を前倒しにする事しか考えない。前倒し前倒しの現実が私の心を病気にさせる事を理解しない。私は再再度、夏の終わりまで待ってくれと伝えた。親は、今まで何度も繰り返し私に伝えてきた自分の事情を話した。そして、別に内覧を5回する前に決めてもいいんだよと言い、手付金を払っておけば今すぐ引っ越す必要はないのだからと繰り返した。私はびっくりした。私は再再再度、夏の終わりまで待ってくれと言った。つまり親に何度「夏の終わりまで待ってくれ」と伝えても。それは親の耳をスルーするだけだ。もしも私の側に心の余裕があれば、親の心を察して譲歩すべき所だ。しかし私は親の今までの前倒し前倒しで心が病み、秋までに身辺整理をするというのがギリギリの譲歩なのだ。これだって私は自分の首を絞める思いだ。これより一歩たりとも譲れない。