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前回の続き [痛風日記]

前回からの話の続きなので、下の話になってしまうことをお許しいただきたい。前回の記事の翌日、医者には行かなくて済んだ。私は便通に困らずにこの歳まで来たので、排便時に「出る出る」と自分に暗示をかけるなんて考えた事もなかった。でもそういう「イメージする」というのが便秘で困っている人には必要で有効だと、よくわかった。
これを機に、親と少し話をした。私の親はずっと便秘で苦しんでいた。たくさんの方法を試し、そのためにたくさんお金を使ったそうだ。でも信頼できるテレビ局であるNHKで紹介された方法ですら、うちの親には効果がなかった。数十年の試行錯誤を経てようやく親を救ったのは、ある医者が処方した薬だった。最初は朝晩飲んでいたが、今は毎日便通があるので1日1回にしているそうだ。親の感想は、人によって何が効くかは全然違うというものだった。
このブログは私自身の人生記録でもあるので、最後に私の症状について記録させてほしい。私はやはり血栓性内痔核が怪しいと思っている。なぜなら、便通時に直腸の6時の方向に違和感を感じるから。そこにおできのようなものがあって便通を邪魔していると推測する。イボは外には全然出ていないので、正しい生活を続けていれば治ると思う。数日間は念のためにボラギノールAを使っておきたい。


飲酒の功罪 [痛風日記]

酒を飲んでしまった日の、まだ酔いが醒めないうちに、腰痛の私がなんだか歩けるような気がした。普段の無駄な力が抜けて、腰に力を入れずに歩ける気がした。そして歩いてきた。翌朝も目が覚めたら歩いて来たいと感じた。確かにストレスが取れ、気持ちも体も軽くなった。

酒を飲んでしまった翌日、朝のトイレで便が出にくかった。それくらいの事は若い時からたまにあった。その時だけ苦労して出せば翌日からはまた何でもなかった。ところが今回は、次の日も問題があった。それどころか、出にくいのではなく出ない。腸は、異物を排除しようと何時間も動いている。ところが出口に蓋が閉まっているかのように出ない。私は便通がとても良い人生を送ってきて、こんな不気味な事になったのは初めてだった。どうなってしまうのかと恐ろしかった。トイレで苦しんでいるうちに、ふと肛門科の先生の言葉が思い出された。「飲酒は、一晩で(痔が)出ます。」便が出にくくなったのは、飲酒の翌朝からだ。直腸に大きなイボが出来て便通を邪魔しているのか?でも今回は無茶な飲み方をしていない。あの程度の飲酒でも血栓性内痔核になってしまうのか?
結局浣腸で便を出したが、明日の朝も便が出なかったら医者に行く。私は明日の排便が恐い。

とうとう酒を飲んでしまった [痛風日記]

昨日はとうとう酒を飲んでしまった。飲む直前まで2つの思いがあった。
(1)ここ数日頭から酒のことが離れない。飲まないと、このままいつまでも酒のことばかり考えて暮らすのだろうか。次の採血までひと月を切る前に一回飲んで、後はまた採血までの1か月間またはそれ以上飲まずに頑張るとしたほうが良いのか。
(2)でも酒は麻薬のようなものだ。一度飲んでしまうと、その2日後にまた飲みたくなる。世の中には一生酒を飲まない人や、酒が嫌いな人もいるのだから、ここで我慢したら酒を飲まない人生に変えられるのだろうか。
でもその場合、私はいつ羽目を外して人生をリフレッシュできるんだ。

酒を飲むにあたり、考えた事がある。酒を飲みさえすればリフレッシュできるのではない。酒は感情増幅剤にすぎない。楽しめる物と一緒に使ってはじめて効果が出る。今回は、映画ロボコップ1&2のイッキ見で楽しむ事にした。だからブログにおバカ記事を出すという方向へは向かず、その手の記事は出ない。とにかく、飲み始めの時点から楽しみ(今回はロボコップ)を始め、酔いが回るまでの間に十分満足するほど楽しまなければいけない。飲みの前半に何か他のやるべき事をやって後半から楽しもうなどと考えると、十分楽しまないうちに飲みが終わってしまい、なんだかつまらなかったという感想を残す事になる。仮に毎週飲めるとしてもそんなつまらない飲み方はしたくない。まして今は、1、2か月に1回の飲みなのだ。
ビール缶を何本飲むか。私は、飲みには2段階あると思う。飲み始めから暫くの間は、本当に飲みたくて飲んでいる。その時はまだまともな感覚が残っているから、冷やしていない「第3のビール」を飲むと「ちょっと不味いな」と感じたりもする。そのうちに、酔うための酒の分量が足りてくる。それでも飲み続けると、今度は底無しに飲めるようになり、いくらでも続きを飲みたいと思う。これは、感覚が麻痺して、何もわからなくなっているのだ。感覚が麻痺しているから、不味い酒を飲んでも不味くない。それよりももっと飲みたい。これが、体が本格的に酒を拒むまで、あるいは酔い潰れるまで続く。それで翌朝後悔する。要は、上記第1段階が終わり第2段階へ移行する時を感じ取り、その時点で酒をやめることだ。しかしこれは難しく、第1段階の終わりを感じた時はすでに第2段階が始まっているから、もっと飲みたい、もっと飲めると思ってしまう。

例えば今回の私は、金麦を3本飲み終わった時点でまだ飲めると感じた。それで4本目を開けて、半分飲んだ時点で、もういいのかもしれないと感じた。現在痛風治療中という意識があるから、それ以上5本目6本目に手を出そうという気にはならない。開けてしまった4本目の飲み残しは捨てる(今後1か月は飲めないから)のでもったいないという余計な気持ちが働き、4本目はかなり飲んでしまい、4分の1ほど残して終わった。
4本目を半分飲んだ時点でやめるべきだったと思う。それは次回(1か月かそれ以上後に)必ず実現しよう。3本目が終わった時点でやめられれば最高に良いが、これは上に書いた通り、とても難しい。

酒の禁断症状が出ている [痛風日記]

痛風日記を書き始めたのが6月30日。それより前、痛風発作が出た時からは酒を飲んでいない。私がブログ記事に、禁酒の影響が出始めたと書いたのが7月30日。それから半月経った。今日が8月16日だから、禁酒してまだ2か月は経っていない。ここ数日、酒の禁断症状みたいなものが現れている。今日はとくにひどい。酒が飲みたい。人から何を言われても酒しか頭にない。禁断症状が出るならもっと早いと思っていた。私は、ここで酒を飲んだらなし崩し的に酒を飲むようになると感じる。酒は麻薬に近い。強い習慣性がある。で、このまま酒を我慢したとして、その後に何かあるのだろうか。今日という日の残りを有意義に過ごせるのだろうか。それとも何も手につかず悶々と過ごすのか。

禁酒の影響と体調不良 [痛風日記]

今日はスマホでなくパソコンで記事を書く。でも体調が良いからではない。スマホで漢字を変換して文章を作るのはとても時間がかかるが、それに耐えられないほど体がだるい。だからパソコンで短時間に終わらせる。

まず禁酒の影響から。痛風の薬を始めて1カ月は、酒を飲みたいとも思わずにやって来られたので、私は安心していた。しかし1カ月を過ぎた今、禁酒の影響が出始めた。そもそも私が酒を飲むのは世の中のストレスを忘れるためだ。ストレスの第一位は人間関係、私の場合人付き合いは苦手で他人と話すだけでストレスが溜まることがある。たとえば先日、スマホの2年契約が終わり、更新期間に入った。そこで携帯ショップへ行ってそこの店員に相談したが、その店員がADSLというものを理解していないらしく、現在の固定電話のアナログ回線をデジタルに変える案を出してきた。(そもそも、スマホを替える相談に行ったのに、なぜ固定電話を替える話になるんだ。)私が「デジタル回線にすると私の家のADSLが使えなくなるのでは」と言うと、店員はしばらく席を外したあと戻ってきて、大丈夫ですと自信満々に言う始末。店員があまりに長く席を外したので私はその間にテーブルの上にあったパンフレットを見て、そこにADSLが使えなくなるという記述を見つけていた。それを店員に見せると、今度は私の家のADSLを何とか使わなくさせようと食い下がる。私はそういう方のお相手を勤めてとてもストレスを溜めた。そういう時、以前の私は酒を飲んで頭をリセットした。ところが今は痛風治療で酒を飲めない。人は、少しだけなら飲んでいいと言う。でも上に書いた通り、私は人生のストレスをリセットするために飲むんだ。頭が一度酒漬けになるほど飲まないと意味がない。だから飲めない。それで悶々と過ごす。それだけではない事に気づいた。なぜ最近私のブログに記事が少ないのか。やっとわかった。私は酒を飲むと羽目を外して趣味の記事を書く。普段は引っ込み思案になって書かずに終わるようなおバカな記事を、飲んだ時だけは書けた。ところが今は禁酒だ。だから記事が書けない。

禁酒とは関係ないと思うが、ここ数日体調が悪い。そういえば痛風の薬を飲み始めたその日からしばらくの間、体がだるかった。それはブログ記事にも書いたはずだ。今回のはそれよりももっとひどい。今日の午前中は、体が重くて何もできなかった。午後には楽になってきたが、今日は体が重くて外出ができなかった。一体どうなってしまったのか。これがただの夏バテなのか。

病院から帰れない [痛風日記]

前回の記事が病院に行く直前の記事で、その数時間後にこの記事が出たので、これを読む方は、私が病院から帰ってきていそいそと記事を書いていると思われるだろう。でも実際には、まだ病院にいる。事情は次の通りだ。

私は予約時間よりもずっと早く、余裕をもって病院に着いた。待合室で待っていると、診察は30分から45分遅れという看板がかかった。9時30分の予約でずっと待っていた人が騒ぎだした。さらに待っていると、60分から75分遅れに変わった。私の隣に座っていた人が、前の先生もいつも同じように遅れたと話しかけてきた。この時点で、私は病院から帰れないような予感がした。というのは、昼頃のバスの時刻に2時間の空きがあるからだ。果たして、会計で呼ばれるまでにまた時間がかかり、支払いを済ませている間に午前の最後のバスが行ってしまった。仕方がないので近くの薬局で薬を買ったが、いくら薬局で待たされるといっても2時間の暇が潰れるわけもなく、私はすぐに手持ち無沙汰になった。いやそれよりも、とっくに正午を過ぎて腹が減った。私は空腹のまま病院の待合室に戻り、虚しく時を過ごしている。

そのせいというわけではないが、今回の血液検査は血糖値が妙に低い。朝飯食ってから測った値じゃない。糖尿病の心配は無さそうだ。尿酸値は5.1まで下がった。これが薬なしで下がったならば万歳という所だが、薬を飲んでいるから万歳はできない。予想通り、今後も薬を飲み続ける。前回は1か月分の薬が処方されたが、今回はおおよそ2か月分だ。9月にはまた採血する。

ああ腹が減った。私はまだ1時間近く病院の待合室に座っているだろう。あまりの暇さにブログ記事が書けた事だけは良かった。

1ヶ月の頑張りの後、きょう血液検査 [痛風日記]

1か月間プリン体の多い食材を避け、禁酒し、次回の採血では尿酸値がぐんと下がっていることを目指して頑張ったが、ネットやテレビの情報ではいくら頑張っても甲斐なく薬は続くと出ており、頑張っても甲斐のない事に人は興味が湧かないのでやる気の起きない今日このごろだ。体が健康でないと心も不健康になる。あるいは、痛風の事や持病の腰痛の事を考えすぎて心が元気をなくしたのかもしれない。私の元気がないのは、ブログ記事がなかなか出ない事からもわかるだろう。とにかくこれから採血に行ってくる。本当ならば、血液検査の結果が出てからそれをブログ記事にするのが普通だが、今の私は記事を書く気力もないから、果たして病院から帰ってすぐに記事を書くかどうかわからない。採血前の気持ちだけは採血の前に記録しておかないといけないので、追い詰められてやっと記事を書いている。

テレビで痛風の番組があった [痛風日記]

いまテレビで痛風の番組があった。私はすでに医者に行き薬を始めた都合で、今までにネットでいろいろ調べたから、そんなに目新しい情報はなかった。番組に出てきたある人は、1回目の痛風発作が足の親指の付け根、3回目の発作が膝だそうだ。私も似たような感じだった。それと同じ人かは忘れたが、最初の痛風発作で足がボールのように腫れ上がったそうだ。これも私の沖縄旅行の時と同じだ。番組に出てきた人の血中尿酸値は8.xで、私が8.0だから、これも似たり寄ったり。ネットに11とか何とか、すごい値の人の書き込みがあったから、私はてっきり自分の値は軽いんだと思い込んでいたが、実際にはごく平均的な痛風患者の値なのかもしれない。私の感想は、なあんだ、私は他のみんなより症状が軽くないし重くもない、みんなと同じだ、という感想だった。ひとり、医師に薬を飲みたくないと告げて食生活改善だけで状態を良くしたという人がいた。私はその人の真似をしようにも、すでに薬を1か月飲んじゃったからなあ。薬は、一般的には生涯飲み続けると言われているそうで、これはネットの情報に一致する。で、番組に出てきた先生が言うには、まず血中尿酸値が6以下になるように努力する。それで体内に溜まった尿酸結晶が溶けだす。(ここまでネットの情報と同じ。)注目したいのはここからで、現在体内にある尿酸結晶は一朝一夕に出来たものではなく、長年の積み重ねで今の状態に至ったので、尿酸値が6以下になってもすぐに全部溶けるのではない。だいたい数年かかると言われている。そこでまず数年間治療して、その時点で状態を調べて、後の事を決めたらどうかと。痛風患者の我々にとって数年の治療は長いが、それでも一生と言われるより良い。他にも細かいことが色々気になった。尿酸値に食生活が与える影響はほんの一部だそうだ。嫌だなあ。食生活が大部分であってほしいなあ。食生活なら改善できそうだから。例えば遺伝的要因とか言われたら、改善のしようがないじゃないか。痛風治療は食事と減量と薬の3つだそうだ。減量は、ネットにある通り、有酸素運動が良いらしいが、痛風と腰痛を併発している私の場合、ただ歩くだけでも足が腰をかばい、筋肉痛や関節痛を起こし、必死に歩くうちに無酸素運動になってしまう。階段の登り降りも、腰痛が出ている時にはとても出来るものではない。そういう人の場合は、どうするんだよう。私の以前の体重は74kgくらい、ここ2ヶ月くらい酒を飲んでいないので現在は67kg。痩せても痩せてもまだ肥満。やってられねえ。食べ物で意外だったのは果糖。肝臓が果糖を分解する時にも尿酸が出来るそうだ。果物ですら食べ過ぎ注意か。あ、でも、番組の中で、野菜に含まれるプリン体は気にしなくていいと言っていた。(これもネットの記述と一致。)果物はどうなんだ。無脂肪の乳製品は尿酸値を下げる。無脂肪でなくても効果はあるだろうが、ネットの情報でも無脂肪とか低脂肪とか付くよね。やっぱりそれって、太っちゃ駄目っていう意味なんだろうな。

膝痛とトイレの掴まり棒 [痛風日記]

痛風で膝が痛くなると、トイレに掴まり棒がある意味がよくわかる。例えば駅のトイレの個室に付いているような掴まり棒だ。駅のトイレは汚いので私は今までそういう余分に出っ張っている物を疎ましく思っていたが、今回膝が痛い時に自分の家のトイレで便座に座れなくて困った。幸い、うちのトイレはなぜか腰の高さまでがタイル張りで、それより上の壁にはタイルが無く、タイルがある部分は無い部分よりも少し出っ張っている。つまり腰の高さにわずかな段差がある。今までこの段差はただの飾りだろうと思って数十年を生きてきたが、今回この段差に手を突っ張って何とか便座に座る事ができた。私は、もし家を改築するならトイレに掴まり棒を付けようと思った。

痛風発作の時には風呂で温まってはいけないので湯船に入るための掴まり棒は不要だが、それでもお風呂椅子に座るために私は掴まる所が欲しかった。私の家の風呂場には洗濯機があるので、左肘を洗濯機の上に突っ張り、右手をバスタブの縁に突っ張って腰を下ろした。もしも洗濯機が無かったら、私は左手を突っ張る場所がなくて困っただろう。健常者は自分が不自由しないから、体が不自由な人のための設備に心からの必要を感じにくいかもしれない。しかし自分が困れば、考えは変わる。

松葉杖 [痛風日記]

病院から借りてきた松葉杖は使う時がなかった。なぜなら、痛風発作がひどい時はそもそも外出できず、痛風発作が収まったら松葉杖を使う必要がないから。歩けないほど痛い発作なのに10日もするとケロリと治るというのが、痛風発作の特徴だから。

もうじき松葉杖を病院に返さなければならない。その前に、せっかくだから松葉杖の使い方をマスターしておくべきだ。それに私は痛風以外にも下半身に複数の問題を抱えていて、今は軽度の腰痛で歩行が困難だ。ちょうどいい。松葉杖があったほうが歩きやすいかどうか、試そう。

松葉杖は身長に合わせて長さを調節する。でもこれは病院でやってくれる。杖の上部がまるで脇の下を支えるかのような形になっているが、杖で脇の下を支えるのではない。脇で杖の上部を挟み込む。両側に松葉杖を持つ場合、まず両側の杖を体の前方に突き、それから足を運ぶ。慣れないと足元ばかり見てしまうが、それはいけない。前方を見て歩く。地面が濡れている時は杖が滑るので注意する。

実際に歩いてみると、慣れないせいもあるだろうが、歩きにくい。ゆっくりしか進めない。軽度の腰痛で体を傾けながら苦労して歩く程度ならば、松葉杖を使わないほうがよほど早く歩ける。私は病院で松葉杖を借りて以来、外で松葉杖を突く人を見ると観察する。ある人は、まるで杖があってもなくても同じであるかのように早歩きでスッパカスッパカ移動していた。私にはあれは出来ない。慣れたらあんな風に歩けるのだろうか。またある人は、杖を使うのが面倒なのか、数歩の距離の移動はケンケンしていた。あれは痛風とはまったく違う症状だなと私は感じた。痛風発作ならば、ケンケンで生じる振動で痛くてたまらないだろう。多分あれは足首の捻挫だ。

松葉杖は階段を登るようには出来ていない。階段の登り降り時は無用の長物となる。

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