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痛風発作のきっかけ調査(5) [痛風日記]

5回目の痛風発作は、今回の発作だ。2017年6月。4回目から6ヶ月あまり。発作から次の発作までの期間は、毎回少しずつ短くなってゆく。4回目までは足の親指の付け根を中心に足首から先が腫れたが、5回目に痛くなったのは膝だった。一言で言えば、少しずつ悪化している。
http://blueclouds.blog.so-net.ne.jp/2017-06-19-1
「急に右足の膝が痛くて歩けなくなった。歩けないので自力で病院へ行けない。これから救急車で病院へ行く。不安だ。」
私の記憶では、発作の前日に私は外出した。丸一日外出先にいて、夕方に電車で帰宅しようとした。ところが駅の改札を通ってホームで待っている時に、外出先の鍵をうっかり返却せずに持ってきてしまったことに気づいた。私は改札まで戻り、駅員さんに事情を話して改札を出してもらった。私の性格が災いして、早く戻って駅員さんに誠意を見せようなどと要らぬことを考え、走って鍵を返しに行き、走って駅へ戻った。「ここ数年足腰が弱って、走るなんてことは出来ないと思っていたが、走ろうと思えば走れるじゃないか」と私は思った。確かに走れたが、翌日体が音を上げた(痛風発作が起きた)。だから5回目の発作のきっかけは、(C)激しい無酸素運動だ。

2つのことを確認したい。

1.痛風発作のきっかけは、一般論としては少なくとも(A)(B)(C)(D)(E)(f)(g)の7つがあるが、人によって事情が異なるので、注意すべき点が異なる。私の場合は、まず何よりも(C)激しい無酸素運動をしないこと。走ったり踏み台昇降運動をした翌日には必ず痛風発作が起きている。次に、PCの前に長く座って(g)足を血行不良にしないこと。(C)と違って翌日にすぐ発作は起きないが、足の血行不良が痛風以外にも私の健康を損なっていることは、私自身が感じている。以上の2つが、私が痛風発作を起こさないために気をつけることだ。なぜ他の項目は除外したのか。(D)ストレスは、私の場合性格的にも要注意事項だが、生きていればまたいつか大変なことが起きるかもしれない。その時どうやって気をつけろというのか。どうしようもないではないか。同様に(E)遺伝的要因も、どうしようもない。(A)プリン体の多いものを食べない飲まないというのは痛風治療の基本だが、私は性格的に、とりわけ注意しなくても不安にかられて口にしなくなる。一度酒を飲んでしまったという記事を書いたが、その後は先日の通院まで飲まなかった。(B)過食と運動不足はどうか。私はもう歳で、若い頃ほど食べようとしない。運動については、子供の頃肥満で「運動」という言葉に辛い思い出がある私に運動をさせようと言うのが無茶だ。(f)水分を多く摂取するのは、私はいつも当たり前にやっている。今も薄いコーヒーをマグカップ一杯ガブガブ飲みながらこの記事を書いている。

念のために書くが、上の結果は私個人の結果で、これを読んでくださるあなたにそのまま当てはまるわけではない。それでも、こうやって今までの病気の経過を振り返ると改めて見えてくるものがあり有意義だということは、あなたにお伝えできたと思う。

2.ひとつ、この連載記事を書きながらようやく気づいたことがある。痛風治療を始めてからずっと、私は次の発作が起きないようにと頑張ってきた。それ自体は正しいことだろうが、でも次の発作が起きるわけがなかった。発作から次の発作までに数ヶ月の期間があるというのが、痛風発作の特徴だ。それはこの連載記事を読んでもわかるだろう。私の場合、4回目と5回目の間が6ヶ月あまり。治療を始めなかったら、次回はおよそ6ヶ月後。でも治療を始めたから期間は少し伸びるかもしれない。いずれにせよ、次の発作は今年の暮れから来年始めあたり。それまでは発作はない。

痛風発作のきっかけ調査(4) [痛風日記]

私の最初の痛風発作は2015年2月だった。今回の記事では、その先を調べたい。

2回目の痛風発作の前に、2015年7月に気になる記事がある。
http://blueclouds.blog.so-net.ne.jp/2015-07-24
「先日、腰の調子が良かったのと酔っぱらった勢いとでPCの前に座ってブログ記事を書いていたら、左足がパンパンに腫れてしまいました。footの部分だけでなくlegもです。私が気にするべきものは腰痛だけでなく、たとえ腰の調子が良い日でも、冬の沖縄旅行で腫れ上がった左足の後遺症を気にしなければならないことが、はっきりわかりました。」
もしも痛風発作ならば、もっと痛みの記述があるはずだ。それに、footだけでなくlegもという腫れ方は痛風発作の腫れとは違う。これは痛風発作とは違う気がする。

2回目の痛風発作は、2015年11月だろう。1回目から9ヶ月あまり経っている。
http://blueclouds.blog.so-net.ne.jp/2015-11-07
「木曜日に外出して夜遅く帰途につき、その日はなぜか、いつも痛む膝が痛まなかった。暗い夜道で後ろから足音が聞こえ、私は追い越されないように急いだ。変な人に追いかけられているという感じではなく、別に追い越されても悪くなかったが、こうして急げば早く家へ着ける。私は久しぶりにハアハアと息を切らせて家に到着した。運動もいいもんだと思った。翌日の筋肉痛が心配だったが、左足の甲の異変にはまったく気づかなかった。」
このあと記事は長々と続き、少しずつ足の痛みが増してゆく様が書かれている。2回目の痛風発作のきっかけは、(C)激しい無酸素運動だ。これは1回目の痛風発作のきっかけでもあった。つまり私は、(C)激しい無酸素運動で痛風発作が出やすいので注意しなければいけない。

余談だが、私は普段運動を嫌う。滅多に運動しない。だが時として、自分の根性を試すかのように運動することがある。そういう時、私はけっして音を上げない。そして、「なあんだ、私にも根性はあるじゃないか。」と思う。ところが翌日になって、精神でなく肉体のほうが音を上げる。とても残念だ。

3回目の痛風発作は、2016年6月。2回目から7ヶ月経っている。1回目から2回目までが9ヶ月あまりだから、少し短くなった。
http://blueclouds.blog.so-net.ne.jp/2016-06-12
「朝起きたら、左足の親指付け根の関節が痛くなっていた。きのう一日中PCの前に座っていて血行不良になったのが、以前に腫らせて悪くなっている足の関節に悪影響を及ぼしたらしい。」
http://blueclouds.blog.so-net.ne.jp/2016-06-14
「前回の記事の翌日、私の左足は腫れ上がって歩けなくなった。」
3回目のきっかけは、(g)血行不良。私はPCの前に座り続けて太ももを圧迫し、季節に関係なく(g)血行不良を起こす。
もうひとつ、わかったことがある。痛風発作は、初日はまだたいしたものでない。ところが2日目は腫れ上がる。

4回目の痛風発作は、2017年元旦。3回目から7ヶ月たらず。
http://blueclouds.blog.so-net.ne.jp/2017-01-02
これまでに何度も足を腫らしているので、PCの前に座ってはいけないとか、冬は自室の床を冷気が這うから暖房完備にしなければいけないとか、色々考えている。それだけ注意しても足が腫れたことを理不尽だと嘆いている。でもまだ痛風だと気づかない。
4回目の痛風発作のきっかけは、数日後の記事からわかる。
http://blueclouds.blog.so-net.ne.jp/2017-01-06-1
「原因その1、踏み台昇降運動。去年暮れの大掃除の事は以前の記事に書いたが、その時私が重点的にやったのは天井の雑巾がけだった。当然台の上に乗っては拭き、降りては雑巾を洗う。それを午前中いっぱいと午後も少し続ける。私はその間、元から弱っている足腰で「踏み台昇降運動」を続けていた。私の現在の弱点である足に負担をかけた。」
痛風発作というのは、すでに関節に生じている尿酸結晶が何らかの刺激によって剥がれ落ちることで生じる。4回目の痛風発作では、その刺激は踏み台昇降運動だった。
もうひとつのきっかけは、(g)寒さによる血行不良だった。当時の記事には次のように書かれている。
「原因その3、足を冷やした。年末の晩、私は床を冷気が這う自室にいたが、靴下を2枚はき、しかも1枚はモコモコ靴下で、それに加えてレッグウォーマー、温かいズボン、これで完璧だと思っていた。ところが昨日、モコモコ靴下が思ったほど温かくないことがわかった。ちょうど、毛糸のセーターを着た上に何も着ないと空気の層ができずに保温性があまりないように。私は靴下のあまりのモコモコぶりに、これは温かいと思い込んでしまった。足が冷えてきても、こんなモコモコをはいているのだから、これ以上何もできないと考えた。でもそれは間違いだ。」

今回の記事はここまで。次回で、この連載記事「痛風発作のきっかけ調査」は最後となる。

痛風発作のきっかけ調査(3) [痛風日記]

私のブログから、足が痛くなったという記事を抜き出した。膝関節のチクチクする痛みなどは除外し、痛風発作と思われるものだけを残した。

それと、痛風発作が始まるまでには高尿酸血症になってから何年もかかるという情報を元に、最初の痛風発作から遡って高尿酸血症になった原因らしきものも抜き出した。

私はずっと、私の痛風発作の原因は飲酒だと思っていた。ただ、若い頃から飲んでいて、若い頃に比べると酒の量が減ってきたのに、この期に及んで痛風になったのが少し不思議だった。今回、最初の痛風発作から遡ってある記事を見つけた時、合点がいった。(リンク先はお読みにならないで。読んで気持ちのいい話ではないので。)
http://blueclouds.blog.so-net.ne.jp/2012-01-04
私が古狸に潰されたのはこの記事の1年前、東日本大震災の少し前だった。1年も経ってようやくこの件の記事を書ける精神状態までたどり着いた。2011年以来、私は心身ともにおかしくなった。
http://blueclouds.blog.so-net.ne.jp/2012-09-18-1
半年過ぎると、体じゅうに蕁麻疹ができた。
http://blueclouds.blog.so-net.ne.jp/2012-12-15-1
追い打ちをかけるように職場からリストラ通知があった。

2011年から2012年にかけて、私の心身はおかしくなった。この頃は生活不安から酒の量も尋常でなかった。この時以降に高尿酸血症だったのは間違いない。

つまり私にとっての痛風の始まりは、この時期の異常な(D)ストレスと(A)飲酒だと思う。(アルファベットは、前回の痛風記事に書いた痛風の原因の記号。)

それから数年は、腰痛や膝関節のチクチクはあったが痛風に関係する記事はない。最初の痛風発作は2015年になってからだ。これは、痛風発作が始まるまでには高尿酸血症になってから何年もかかるという情報と一致する。
http://blueclouds.blog.so-net.ne.jp/2015-02-23
この記事では初めての痛風発作を次のように書いている。
「旅先で原因不明の足の腫れに苦しめられ、足の甲の厚さが通常の2倍となり、親指の根元はくびれがなくなって寸胴となりました。靴が入らず空港、飛行機、バス内では靴下で歩くしかなく、家までたどり着けるのかじつに心配でしたが一昨日の夜中に帰宅し、昨日まる一日寝込み、今日は起きられるようになりました。足はまだ腫れています。」
この時の痛風発作のきっかけを、私は前々回の痛風記事にこう書いた。
「冬の寒いさ中に毎日足を折り曲げて書籍のデジタル化をすること1か月以上、その後すぐに沖縄旅行で飛行機のエコノミー座席、着いた翌日からカメラを持って、いつも人より先へ出て良い写真を撮ろうと走り回った。すぐに足が腫れ上がった。」
まず、ただでさえ床を冷気が這う自室で長時間正座するという無茶をし、ひどい(g)血行不良だった。それを終えた翌日に飛行機のエコノミー座席で引き続き(g)血行不良となり、改善する暇を与えなかった。さらに翌日、写真を撮ろうと走り回って(C)激しい無酸素運動をした。あまりにも無茶だった。

冬の痛風要因である(g)血行不良が出てきたが、これは私のその後の痛風発作でも要因となる。いっぽう、夏の痛風要因である(f)暑さによる水分不足は、私には関係しない。なぜなら、私は冬でも飲み物をガブガブ飲み、夏はその2倍の量を飲むからだ。だから私は(f)水分不足のことは考えなくていいが、(g)血行不良のことは冬に限らず注意しなければいけない。(なぜ冬に限らずかは、話が進むとわかる。)

今回の記事は、必要があってとはいえ、読んで暗くなるような話になったことを申し訳なく思っている。次回はこんな話でないので安心してほしい。

次の記事へ続く。

採血日 [痛風日記]

第1部 病院へ行く前
午前8時記す。外出まであと1時間。

昨日から落ち着かない。人生は予想通りには行かないもの。プリン体の多いものを食べず、もちろん酒を飲まず、ここ一週間は無酸素運動を気にして普段歩く道を金を出してバスに乗った。(私は足腰が悪くて、普通の人なら良いウォーキングになる距離でも息が上がる事があるから。)ここまで気をつけても、どんな結果が待っているかわからないのが人生。加えて、前回の通院では先生の診察が遅れて午前の最終バスに間に合わず、午後のバスまで2時間待ちとなった。それで帰宅が15時近くになり、丸一日潰れた気分だ。先生の行動パターンというのは、そう変わらないもの。今回も午前のバスに乗り遅れ、15時近くに帰宅だろうか。
このあと第2部(採血結果編)が続く予定だ。それがどんな内容になるかは、これを書いている現時点ではわかるはずもない。


第2部 実況中継的記事

病院に着いたら先生の診察が始まっていた。今回は、30分遅れ60分遅れということはなさそうだ。
待合所に座りながら考えた。私は自宅のPCの前に座ると足が血行不良になる。ところがこの病院の椅子に座っても足がむくまない。一体何の違いがあるのだろう。今まではクッションの違いかと思っていた。でも違うかもしれない。高さの違いではないだろうか。私のPCが乗っている机はパソコン台ではなく、ちょいと高めだ。だから今まで、その机に合う高めの椅子を探すのに苦労していた。だって、PCが高くて椅子が低いと、両手を肩の高さまで上げてキーボードを打つという妙なことになるから。で、椅子が低いと人の体は尻で支えられ脚は椅子に触れないが、椅子が高いと太ももの裏側が椅子の縁で圧迫される。
おおっと、話の途中だが、いま「30分から40分遅れ」という札がかかったぞ。これで今回も15時近くに帰宅確定だ。
さっきの話の続きだが、私は帰ったら椅子の高さを調整してみる。ただし、両手を肩の高さまで上げてキーボードを打つと肩こりになりそうだ。どうしよう。
この記事は実況中継的だが、採血に呼ばれた時はスマホを仕舞ってすぐ行かねばならず、採血が終わったらしばらく押さえているから、そのへんは後からの記述になる。
11時になった。そもそも採血にも呼ばれない。まず採血があって、その結果が出るまで20分待って、その後で先生に会うはずなんだが。まあ、どうせ14時近くにならないと午後のバスがないんだ。いくらでも遅れてくれ。
やっと名前が呼ばれたが、なぜか採血の部屋ではなく先生の診察室に呼ばれた。問診があった。何事もないと答えた。また2カ月分薬を出すとの事だった。終わった。
・・・。
最初に書いた通りだ。人生は予想通りには行かない。でもとにかく午前のバスに間に合い早く帰れる。
次回は11月15日。今度は採血がある。先生の行動パターンはわかった(必ず遅れる)し、次回は採血の都合で予約時間が15分遅いし、次回こそ15時帰宅確定だ。

もうひとつ考えなければならない事が出来た。予約受付の窓口では、何も言わないと今回と同じ時刻で予約となるらしい。一回おきに採血のパターンだと、次回予約するの(つまり次の次の回)は採血なしの来院だ。今回と同じ時間ならば 午前の最終バスに間に合い早く帰れる。ところが今回の予約で時間が15分遅くなったから、それと同じ予約時間だと間に合わない。私は次の予約時に時間を早めてもらわなければならない。採血がある回は、逆に遅くしてもらわなければならない。次回採血ありの時は予約時間を10時30分(またはそれ以降)、次回採血なしの時は予約時間を10時00分(遅くても10時15分)にしてもらう。ただの痛風治療でも、より良い一日を送るために考えるべき事が色々あるものだ。

痛風発作のきっかけ調査(2) [痛風日記]

今日は、調査の前半。痛風発作を起こす原因の列挙をする。(A)(B)(C)(D)(E)(f)(g)の7つがある。

体内の高尿酸濃度が原因で、関節に尿酸の結晶ができる。この段階ではまだ痛みはない。何らかの刺激(運動、ストレス、薬による尿酸値の急激な低下など)によって尿酸の結晶が剥がれ落ちる。それを白血球が攻撃し、炎症を起こす。激しい痛みがある。これが痛風発作である。だから痛風発作の原因を知るには、高尿酸血症の原因を知ればよい。

高尿酸血症の原因は複数ある。

(A)プリン体の経口摂取。プリン体を多く含む食品や飲料を摂取し、そのプリン体から尿酸が生成される。

(B)過食と運動不足。肥満は尿酸の排泄を低下させる。過食や運動不足がプリン体を増やし、そのプリン体から尿酸が生成される。

(C)激しい無酸素運動
激しい無酸素運動によってATPが急激に分解され尿酸値が上昇する。

(D)ストレスが原因で血中尿酸濃度が上がると言われている。

(E)遺伝の影響。

 (f)(g)季節ごとの要因。季節により痛風の要因が異なる。
(f)夏は暑さで発汗が激しくなり、体内の水分が失われ、尿の量が少なくなり、尿と共に排出される尿酸も少なくなる。
(g)冬は寒さで血行不良となり、温度の低下で尿酸が結晶を作りやすい。

追記1
痛風患者がプリン体の経口摂取を制限しなければならないのは事実だが、ここに残念な情報がある。飲食物に含まれるプリン体から生成される尿酸は全体のおよそ20パーセント。残りの80パーセントは新陳代謝と運動により生成される。ということは、どんなに食事に気をつけても、体内の尿酸のせいぜい20パーセントにしか影響しないということなのか?

追記2
運動については、有酸素運動はしろ、無酸素運動はするなと言われている。面倒なことだ。

明日は病院で採血する日なので、この連載記事は1日お休みして通院報告をする予定。

痛風発作のきっかけ調査開始 [痛風日記]

「痛風日記」の記事を書き始めた頃から、調べたかった事がある。ネット検索をして痛風発作を起こす原因を列挙し、次にこれまでの私の痛風発作記録を読み直し思い出し、自分の場合には何がきっかけになったのかを認識する作業だ。

血中尿酸値さえ下がれば、なるほど痛風発作は起きないだろう。でも、今まで痛風発作のきっかけになっていた何かは、これからもずっとやり続けることになる。たとえば私の場合、最初の痛風発作は、冬の寒いさ中に毎日足を折り曲げて書籍のデジタル化をすること1か月以上、その後すぐに沖縄旅行で飛行機のエコノミー座席、着いた翌日からカメラを持って、いつも人より先へ出て良い写真を撮ろうと走り回った。すぐに足が腫れ上がった。私は、この行動と痛風発作には関係があると思う。そして、私が普段やっている行動パターンで病気に繋がりやすいものを見つけ認識しておくのは大事だと思う。

医者に行き、治療が始まってしまうと、つい医者任せになる。薬を飲んで、もらった紙に書いてある注意事項に気をつけているのだからそれでいいだろう、と。たしかにそれで普通かもしれないが、私の通う病院では、血液検査で尿酸値が高いことの確認はしたが、その後は型通りの進行で、薬を毎朝飲み、数ヵ月後に血液検査、その繰り返しとなる。私の体や症状に特化した調査や処方はしてくれない。だから私の体や症状に特化した考察は、患者の私がするしかない。

上記の作業をしようと思いついてから、いったい何ヵ月が経っただろう。私はようやく重い腰を上げた。まずは、痛風発作を起こす原因を列挙することから始める。

もうずいぶんネット検索した。痛風の記事は山ほど出てきたが、情報の取捨選択が難しい。ネット上の記事が全部医学的見地から書かれているのではない。特定のサプリメントの紹介へ導くのが目的のサイトもあれば、私の記事のように個人の記録を残すのが目的のサイトもある。もう少し時間をかけて情報の取捨選択をしてから、記事の続きを書きたい。

前回の続き [痛風日記]

前回からの話の続きなので、下の話になってしまうことをお許しいただきたい。前回の記事の翌日、医者には行かなくて済んだ。私は便通に困らずにこの歳まで来たので、排便時に「出る出る」と自分に暗示をかけるなんて考えた事もなかった。でもそういう「イメージする」というのが便秘で困っている人には必要で有効だと、よくわかった。
これを機に、親と少し話をした。私の親はずっと便秘で苦しんでいた。たくさんの方法を試し、そのためにたくさんお金を使ったそうだ。でも信頼できるテレビ局であるNHKで紹介された方法ですら、うちの親には効果がなかった。数十年の試行錯誤を経てようやく親を救ったのは、ある医者が処方した薬だった。最初は朝晩飲んでいたが、今は毎日便通があるので1日1回にしているそうだ。親の感想は、人によって何が効くかは全然違うというものだった。
このブログは私自身の人生記録でもあるので、最後に私の症状について記録させてほしい。私はやはり血栓性内痔核が怪しいと思っている。なぜなら、便通時に直腸の6時の方向に違和感を感じるから。そこにおできのようなものがあって便通を邪魔していると推測する。イボは外には全然出ていないので、正しい生活を続けていれば治ると思う。数日間は念のためにボラギノールAを使っておきたい。


飲酒の功罪 [痛風日記]

酒を飲んでしまった日の、まだ酔いが醒めないうちに、腰痛の私がなんだか歩けるような気がした。普段の無駄な力が抜けて、腰に力を入れずに歩ける気がした。そして歩いてきた。翌朝も目が覚めたら歩いて来たいと感じた。確かにストレスが取れ、気持ちも体も軽くなった。

酒を飲んでしまった翌日、朝のトイレで便が出にくかった。それくらいの事は若い時からたまにあった。その時だけ苦労して出せば翌日からはまた何でもなかった。ところが今回は、次の日も問題があった。それどころか、出にくいのではなく出ない。腸は、異物を排除しようと何時間も動いている。ところが出口に蓋が閉まっているかのように出ない。私は便通がとても良い人生を送ってきて、こんな不気味な事になったのは初めてだった。どうなってしまうのかと恐ろしかった。トイレで苦しんでいるうちに、ふと肛門科の先生の言葉が思い出された。「飲酒は、一晩で(痔が)出ます。」便が出にくくなったのは、飲酒の翌朝からだ。直腸に大きなイボが出来て便通を邪魔しているのか?でも今回は無茶な飲み方をしていない。あの程度の飲酒でも血栓性内痔核になってしまうのか?
結局浣腸で便を出したが、明日の朝も便が出なかったら医者に行く。私は明日の排便が恐い。

とうとう酒を飲んでしまった [痛風日記]

昨日はとうとう酒を飲んでしまった。飲む直前まで2つの思いがあった。
(1)ここ数日頭から酒のことが離れない。飲まないと、このままいつまでも酒のことばかり考えて暮らすのだろうか。次の採血までひと月を切る前に一回飲んで、後はまた採血までの1か月間またはそれ以上飲まずに頑張るとしたほうが良いのか。
(2)でも酒は麻薬のようなものだ。一度飲んでしまうと、その2日後にまた飲みたくなる。世の中には一生酒を飲まない人や、酒が嫌いな人もいるのだから、ここで我慢したら酒を飲まない人生に変えられるのだろうか。
でもその場合、私はいつ羽目を外して人生をリフレッシュできるんだ。

酒を飲むにあたり、考えた事がある。酒を飲みさえすればリフレッシュできるのではない。酒は感情増幅剤にすぎない。楽しめる物と一緒に使ってはじめて効果が出る。今回は、映画ロボコップ1&2のイッキ見で楽しむ事にした。だからブログにおバカ記事を出すという方向へは向かず、その手の記事は出ない。とにかく、飲み始めの時点から楽しみ(今回はロボコップ)を始め、酔いが回るまでの間に十分満足するほど楽しまなければいけない。飲みの前半に何か他のやるべき事をやって後半から楽しもうなどと考えると、十分楽しまないうちに飲みが終わってしまい、なんだかつまらなかったという感想を残す事になる。仮に毎週飲めるとしてもそんなつまらない飲み方はしたくない。まして今は、1、2か月に1回の飲みなのだ。
ビール缶を何本飲むか。私は、飲みには2段階あると思う。飲み始めから暫くの間は、本当に飲みたくて飲んでいる。その時はまだまともな感覚が残っているから、冷やしていない「第3のビール」を飲むと「ちょっと不味いな」と感じたりもする。そのうちに、酔うための酒の分量が足りてくる。それでも飲み続けると、今度は底無しに飲めるようになり、いくらでも続きを飲みたいと思う。これは、感覚が麻痺して、何もわからなくなっているのだ。感覚が麻痺しているから、不味い酒を飲んでも不味くない。それよりももっと飲みたい。これが、体が本格的に酒を拒むまで、あるいは酔い潰れるまで続く。それで翌朝後悔する。要は、上記第1段階が終わり第2段階へ移行する時を感じ取り、その時点で酒をやめることだ。しかしこれは難しく、第1段階の終わりを感じた時はすでに第2段階が始まっているから、もっと飲みたい、もっと飲めると思ってしまう。

例えば今回の私は、金麦を3本飲み終わった時点でまだ飲めると感じた。それで4本目を開けて、半分飲んだ時点で、もういいのかもしれないと感じた。現在痛風治療中という意識があるから、それ以上5本目6本目に手を出そうという気にはならない。開けてしまった4本目の飲み残しは捨てる(今後1か月は飲めないから)のでもったいないという余計な気持ちが働き、4本目はかなり飲んでしまい、4分の1ほど残して終わった。
4本目を半分飲んだ時点でやめるべきだったと思う。それは次回(1か月かそれ以上後に)必ず実現しよう。3本目が終わった時点でやめられれば最高に良いが、これは上に書いた通り、とても難しい。

酒の禁断症状が出ている [痛風日記]

痛風日記を書き始めたのが6月30日。それより前、痛風発作が出た時からは酒を飲んでいない。私がブログ記事に、禁酒の影響が出始めたと書いたのが7月30日。それから半月経った。今日が8月16日だから、禁酒してまだ2か月は経っていない。ここ数日、酒の禁断症状みたいなものが現れている。今日はとくにひどい。酒が飲みたい。人から何を言われても酒しか頭にない。禁断症状が出るならもっと早いと思っていた。私は、ここで酒を飲んだらなし崩し的に酒を飲むようになると感じる。酒は麻薬に近い。強い習慣性がある。で、このまま酒を我慢したとして、その後に何かあるのだろうか。今日という日の残りを有意義に過ごせるのだろうか。それとも何も手につかず悶々と過ごすのか。

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