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個人的記録の続き [坐骨神経痛]

足が痛くてまともに歩けなくなった私が、その後どうしたか。大きく分けて2つのことをした。

まずは、5日ほど前の記事に書いた通りに椅子の座面を水平に修正し、そこに座る時も体がまっすぐであるように気をつけた。その結果、椅子に掛けてあるバスタオルは、以前のように座面の部分まで右に片寄ることはなくなった。しかしまだ、ふと気づくと背もたれの部分が中心からずれる。私は、さらに自分の姿勢を気をつけなければいけない。そのさい重要なのは、「観察する」ことだ。自分で自分の姿勢は観察できないが、悪い姿勢によりずれたバスタオルは観察できる。よく見て、よく考え、行動する。それがきっと大事だ。

もうひとつのしたことは、薬による腰痛の軽減だ。私が注目したのは夜寝ている間の痛み。寝ている間、人は寝返りをうつ時にしか動かない。何時間も動かないでいると、悪い腰は痛くなる。そこで寝る前に腰に薬をつけ、寝ている間の腰痛を軽減する。ご存じのとおり、痛みにたいする痛み止めの薬の効果は治癒そのものではなく、痛みの悪循環を断ち切ることで自然治癒を促すことにある。それは結果的に痛みを治すことに貢献する。事実、私は今までの人生で、薬を使わないで1カ月以上治らなかった腰痛が薬を使ったら治ったという経験をしている。薬にはいろいろな種類がある。私はその一部しか知らないが、もっている薬の中でどれがよく効くか、どれが気休め程度かは使ってみてわかっている。私がもっている薬の中では、とあるゲル状の塗り薬がいちばんよく効く。だから私は、今回薬を使うと決めた時にまずこの塗り薬を使った。後日、腰の痛みが和らいだと感じたので、それからは湿布薬に切り替えた。この湿布薬もけっして気休めではなく、塗り薬ほどではないが効果がある。それに加えて、寝ている間は電気毛布で体を温めた。体が冷えると筋肉が収縮し、腰痛は悪くなる。筋肉は弛緩しているほうが痛みに優しい。これらのことを実行した結果、今では夜寝ている間に腰痛で目が覚めることはなくなった。また、昨日の外出先からの帰宅時にはほとんど腰痛がない状態で帰れた。とはいえ完治にはまだ遠く、帰宅途中で3回立ち止まらなければならなかったのは以前と同じだ。腰痛を感じなくても、歩き方はまだ不自然らしい。

個人的記録 [坐骨神経痛]

右足が痛くてまともに歩けなくなったのは、今から数週間前のことだった。初めはまったく原因不明だった。私は以前から下半身が弱いが、それでも朝出かける時はそれほどの問題なく歩いてゆき、一日外にいて体に無理をさせて夜帰宅する時に足が痛くてまともに歩けなくなるというのが普通だった。その痛みも一時的なもので、翌日には治っているか、せいぜい痛みをこらえて力を入れ続けたせいで筋肉痛が残る程度だった。ところが今回は、夜寝ていて足腰が痛くて目が覚め寝返りをうつ。するとしばらくは楽になりまた寝る。そのうちにまた足腰が痛くて目が覚め寝返りをうつという有様で、翌日外出すると朝から足が痛くてまともに歩けない。何か困ったことが起きたと思っていたが、原因不明だった。

原因を察し始めたのは1週間くらい経ってようやくだった。それまで右足の膝がチクチクと痛み、股関節がチクチクと痛み、歩いていて右足が前へ出ないとばかり思っていたが、本当の原因は足の関節ではなく、腰ではないだろうか。腰が少しだけ悪い時、家の中を歩き回る程度は何でもないが、外を歩くと足を前へ出すたびに腰にキュッと力が入る。歩くうちにその力が腰痛を引きおこす。ところが歩いている本人は腰に意識して歩いていないので、まだ気づかない。意識はしないが体のほうがいち早く反応する。腰をかばって歩き方が変になる。変な歩き方をするから足に無理な力が入る。それで歩きづらく、やがて足が痛くなる。今回の症状は、これではないだろうか。そういえば夜寝ていて痛かったのは、足だけでなく腰もだった。

こうして原因は持病の腰痛にあると推測した後も、私がその解決策を考えるまでにはさらに何日もかかった。頭の片隅にはいつも腰痛のことがあるから、普段の生活の中でほとんど無意識にヒントを探していた。そして見つけたヒントは、椅子にあった。私の机の前にある椅子は、バスタオルのような布が掛けてある。この布が、ふと気づくといつもずれて右に片寄っている。椅子の真ん中に掛け直しても、気づくとまた片寄っている。これは、私の座り方がおかしく、体が傾いているということではないか。

次に改善策の考案だ。まず私は、p!ntoの使用を考えた。p!ntoは何年も前に親が間違えて買ってきて、使わないから私が天袋に仕舞ったのだが、それを親がまた引っぱり出してきて、でも使えず、部屋の片隅に置いたまま置物と化していた。今回の腰痛の原因が私の座り方にあるとすれば、p!ntoこそその矯正に最適の道具ではないか。そう考えて2日ほど経ち、私はまさにp!ntoを試そうとして椅子の上のクッションをどけた。その時、妙な違和感があった。歪んでいるのは私の座り方なのか、それとも椅子自体なのか。私は椅子の座面を押してみた。左側がわずかにカクンと沈んで傾いた。そうだった、ある時期からこの椅子はこうだった。この椅子はオフィスでも使いそうなキャスターの付いた椅子で、買った当時は私はとても大事に使っていた。しかし1年経ち2年経ち、天袋の奥を見るために別室から踏み台を持ってくるのが億劫な私はこの椅子を踏み台にするようになった。おそらくその時、私の全体重が椅子の中心から離れた所にかかり、ガタが来てしまったんだろう。それでもたいしたことはないと思い普通に椅子を使って数年、実際には私の尻は、この椅子に座るたびに左へかしいでいたのではないか。それが元々悪い腰を痛くしたのではないか。

すべては私の推測だが、まずは試してみるべきだ。私は椅子の上にあるクッションをわざと座面の左側にずらして置き、結果的に尻が水平になるようにした。その状態で試し始めたが、結果が出るにはまだ日数が必要だろう。ひとまず、夜寝ている時の足腰の痛さは少し改善された気がするとだけ記録しておく。

坐骨神経痛(記事の見かた) [坐骨神経痛]

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今までの目次

坐骨神経痛(3) 医者へ行って悪くした
坐骨神経痛(2) 1ヶ月立ったまま眠らない
坐骨神経痛(1) いきさつ


坐骨神経痛(3) 医者へ行って悪くした [坐骨神経痛]

(坐骨神経痛(2)から続く)
ふとももにビリビリビリッときて腰の激痛に苦しめられるようになっても、実は私は自分の体をよく観察して、日数はかかるが治ると判断していた。ところが親はとても心配して、医者に行けるようにタクシーを呼んだ。私は自分の足で立って、ゆっくりだが普通に歩いて外へ出た。なにしろ立っているぶんには痛くないのだから。私としてはこのままそっと治したかった。やがてタクシーが来た。私はタクシーに乗ろうとして激痛に襲われた。タクシーの中では立っていられない。座らなければならないが、その姿勢は私には耐えられないものだった。親は、病院に着くまでの辛抱だからと言ってくれた。

やっと病院に着いた。そこで待っていたのは、横になってのレントゲン撮影だった。私はまた激痛に襲われた。耐えられない痛みの中で寝返りをうたなければならなかった。医師はブロック注射をしようかためらっていた。副作用として免疫力が落ちると言った。一度は注射をやめたが、最後に考え込んで、注射しましょうと言った。それからアンプルを持ってきたが、いくつもいくつも取り出した。私はびっくりしたが、標準の量というものを知らないので何も言えなかった。注射をして会計で支払いをする時、「今日は注射の量が多かったのでいくらいくらになります」と言われた。私は唖然とした。最初に注射そのものをためらっていた医師が、どうしてそうなるんだ。

それから病院を出て歩こうとしたが、歩けなかった。足を一歩前へ出すのも必死だった。タクシーの中で無理な姿勢をし、病院で寝返りをうたされたため、私の坐骨神経はとんでもないことになっていた。もはやブロック注射は何の役にも立たなかった。私は、症状を悪くするために病院へ行ったことになる。

病院で処方してもらった薬は、痛み止めと睡眠薬だった。患部を治すための処方はひとつもなく、自然治癒力で治癒するまでの間を楽にする処方だけだった。私は不運にも病院へ行きレントゲンを撮る過程で神経を怒らせてしまったから、病院へ行って良かったと思った要素はただのひとつもなかった。

その後、私の体に皮膚病が出来た。これは広がり、最初の数ヶ月はとくにひどかった。黄色い臭い汁が出て止まらなくなった。それがなんとか治まった後も、輪状に広がるただれができ、ステロイドを塗らないと治まらなかった。治まったと思えばまたすぐに皮膚病が出来た。こんなひどい皮膚病は生まれて初めてだった。この皮膚病はそれから2年経った今も完治していない。当初、親は腰痛ばかり気にしていたが、私は自分の体のことだから、この皮膚病は腰痛よりもたちが悪いと見抜いていた。そしてその通りだった。これがブロック注射の副作用としての免疫力低下が原因かどうか、本当のところは不明のままだ。ただこれだけは言える。私の心には、医師への強い不信感だけが残った。医者に行ったから病気が治るとは限らない。自分で考え、自分で判断してから、納得したなら行くがいい。


坐骨神経痛(2) 1ヶ月立ったまま眠らない [坐骨神経痛]

(坐骨神経痛(1)から続く)
ひと口に坐骨神経痛といっても、人から話を聞くと症状はさまざまだ。ある人は横になっているぶんには痛くないが、立つと痛いと言った。私の場合はもっと大変だった。横になると痛い。立っているぶんには痛くない。何が大変かというと、眠ることができないのだ。横になろうとすると激痛が走るから。ずっと立っていて、足が我慢できなくなるとひざまづき、何かにつかまった。この状態が1ヶ月続いた。つまり私は、ひと月のあいだ眠らなかった。世の中にはごくまれに眠らない人間がいると聞いている。あるいは、ほんの少しの睡眠時間で生きている人間ならばもっと沢山いる。だから自分も何とかなるだろうと思った。そして本当に何とかなった。人間はひと月眠らなくても生きていられる。

そのうちに私は、横になるのは不可能だが、斜めの状態なら耐えられることを発見した。古い安物の肘掛け椅子を出してもらい、そこに浅く腰かける、というよりも尾骶骨だけで体を支えるようにして斜めになった。尾骶骨以外の背中は全部浮いているが、それでも24時間立っているよりはずっと良い。

1ヶ月近く経った頃、ものすごい睡魔に襲われた。20日かそれ以上一睡もしなかったのだから、当たり前か。それから後は、睡魔が勝つか、痛みが勝つかという生活だった。睡魔が勝てば激痛に苦しみながらも眠りに落ち、痛みが勝てば眠れなかった。

1ヶ月を過ぎた頃、ようやく回復の兆しが見えてきた。少しずつ、横になれるようになってきた。とはいえ全快するにはさらに1ヶ月以上かかった。

この坐骨神経痛の記事で私が一番言いたいことは、まだ言っていない。それは、医者に行くべきかどうか、ということだ。
(つづく)


坐骨神経痛(1) いきさつ [坐骨神経痛]

私の腰痛は、高校時代にまで遡る。学校の柔道の時間に受身を取り損なって腰から落ちた。その日は何でもなかったが、翌朝目が覚めると動けなくなっていた。動けないので、医者に家まで来てもらって腰に注射を打ってもらった。ずっと後で知ったところではブロック注射とかいうものらしい。この注射が良く効いて、その後すぐに動けるようになった。これが最初の腰痛だ。その時はこれが坐骨神経痛だとは知らなかった。

一度悪くした所には何かが残るらしい。その後、腰に無理な体勢で力を入れると腰痛になった。痛みの度合いはその都度違った。若い頃は無鉄砲に無理をするから苦しんだが、それでも何度か馬鹿をやるうちに少しは学習し、無理な体勢で力を入れないように注意するようになった。だから腰痛になることは滅多になくなった。それでも、時には何もしていないつもりなのに腰痛になることもある。そういう時でも気づいていないだけで、原因はあるものだ。たとえばある駅のホームの椅子に座っていて立ち上がると同時に腰が痛くなった。その時は訳が分からなかったが、同じ椅子から立ち上がって同じようにまた痛くなったことで、椅子の形とそこから立ち上がる姿勢に無理があることがわかった。

さて、そのような生活を続けるうちに、今回の坐骨神経痛がやって来た。初めはいつもの腰痛で、かなり痛かったが我慢していればそのうちに治ってゆくはずだった。以前に歯が痛かった時、痛いという意識そのものを自分の意識から取り去ってしまうように努力した結果、翌朝には何でもなくなったことがあった。今回もそれで行こうと安易に考えていた。夜寝ていて、何かのかげんで特に痛かったので痛っと感じつつ下半身を引きつらせた。我慢すればじきに治ると思いながら安易に下半身に力を入れた。ところがビリビリビリッと右ふとももに電気が走った。これがいけなかった。それ以来、今までとは比べ物にならないほど痛くなってしまった。
(つづく)


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