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沖縄離島ツアー。個人の感想。(11) [旅行 国内]

付記。ソーキそばのこと。

足を痛くした私は最終日の観光をまともにできなかったが、それで皆と別行動になって入った飲食店でソーキそばを食べることができた。

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つゆは塩味。ソーキには軟骨も入っているが、肉が崩れるほど柔らかく、軟骨も食べられる。

帰宅後にネット注文でソーキそばを取り寄せてみた。ネットショップに何種類かあったが、あるものは乾麺、あるものはソーキに軟骨なし、あるものは軟骨でなく骨付き。私は旅先で食べた軟骨入りに似たものが欲しい。それで、注文する商品は決まった。商品が家に届いて試食しようとした。

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箱を開けて、やられた、と思った。3食入りでソーキのレトルトパックが3つ入っているが、ひとつのパックに入っているソーキは1個で、小さい。ソーキの大きさは個人の感想だから不満の理由としてひたすら個人的なものだが、数は万人に共通の概念だ。

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外箱の表側には大きく写真があるが、その丼茶碗にはソーキが2個載っている。とはいえこの写真はイメージと書いてある。つまりこの写真と出来上がりがまったく同じでなくてもそれは仕方がない。

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そこで私は箱を裏返した。作り方の絵が描いてある。そこにも丼にソーキが2個描かれている。外箱の絵も写真も常にソーキが2個で、箱を開けたら1食にソーキが1個分しか入っていないのは、外箱が誇大な表現だ。さて食べてみた。私が旅先で食べたのは、肉の中に軟骨があった。この商品のは、軟骨の周りに肉が帯のように付いていた。

私自身、ネット通販では飲食店で食べるのと同レベルは望めないかもしれないとは思っていたが、残念ながら思った通りだった。満足のゆく商品だったら次回はたくさん買おうと思っていたのだが・・・本当に残念だった。

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沖縄離島ツアー。個人の感想。(10) [旅行 国内]

最終日。竹富島は沖縄離島のハイライトかもしれないが、私は左足に激痛が走って観光という感じではなくなったので、私の沖縄離島報告はあとひとつだけ、竹富島の水牛車の報告だけして終わりにしたい。

水牛車は、少し動いては止まる。水牛車のお姉さんの言うところでは(この文章を書いている時点ですでに一週間近く経っているので正確には思い出せないが)、ここには日本生まれの水牛と外国から来た水牛がいるそうだ。日本生まれの水牛は言われたとおりに動くが、外国生まれの水牛はサボろうサボろうとするそうだ。私たちを引っ張った水牛は外国から来たアパーくんで、アパーくんはここにいる水牛の中でいちばん気分にムラがあり、気分が乗らない時には動かないそうだ。今日はとても気分が乗っているらしく、動いているという。それでもサボろうサボろうという気持ちはあり、進みながらお姉さんのほうをチラッ、チラッと見るそうだ。休んでも何も言われないか見て確認するらしい。お姉さんが三線を弾いている間は休んでも何も言われないと知っていて、よく休むそうだ。今日は三線の間も進んでいたから、今日のアパーくんはとても気分が乗っているということだ。お姉さんはしばしばアパーくんの名前を呼んで(たぶんサボらせないように)「アパー」「アパー」と言っていたから、私は「史上最強の弟子ケンイチ」のアパチャイ・ホパチャイとお姉さんがオーバーラップして困った。

私が動画を横道が見える所まで撮影しようとしていたところ、なぜか水牛車が止まってしまい、お姉さんが慌てだした。それで私は撮影を中止した。その後どうなったかというと、お姉さんが慌てた理由がアパーくんがウンチをしはじめたことだと判明。するとお姉さんは塵取りを取り出してウンチの掃除をし、それからアパーくんを先へ行かせた。ちなみに由布島では水牛は海を進むので、水牛はウンチをしながら進む。

水牛車で観光するうちに、家々の塀から延びているあの植物の中に、赤い花が沢山付いているものを見つけた。私は近くにその花を見つけて撮った。たしか水牛車のお姉さんが言ったのだと思うが、私はこの植物の正体を知った。塀から無数に伸びているこの植物は、錦蝶(キンチョウ)という名の雑草だそうだ。几帳面な人は自分の家の塀に生えたこれを引っこ抜いたりするそうだ。興味をもっていた植物がただの雑草で引っこ抜かれると聞いて、私はちょっとがっかりした。

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沖縄離島ツアー。個人の感想。(9) [旅行 国内]

その9。
「ヤギは食用。クジャクは捕獲。」

新城島観光が終わると、私にとっては今日の観光は終わったようなものだった。まだ小浜島が残っているが、旅行前にネットで調べたところ、小浜島で訪れる場所は以前のNHKドラマ「ちゅらさん」のロケ地がメインのようだ。帰りの船の中でツアー客のひとりが、今日の観光はここまででいいですと言っても無理なんでしょうねと言っていた。いままでの観光で疲れたのと「ちゅらさん」に関心がないのとでそう言ったのだろう。

西表島の大原港で、いままで乗ってきた船を降り、小浜島行きの船に乗り込む。

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小浜島の港に到着。

港からバスに乗り込んで出発したが、小浜島の観光は車窓観光が多かった。時間が押していたからか、当初からそういう予定だったのかはわからない。私個人は20年前に小浜島に来た時、ヤマハリゾートはいむるぶしという宿に泊まった。ここがとても良く、小浜島というと私はもっぱらこの宿にまた泊まりたいとばかり考えていた。何年も前にネットで調べたら、この宿の建物自体はまだ健在で、ただ経営者が変わった。その時に、私の思い出の中でもとりわけ重要な「クジャクが食べ物をもらいに客室の窓に来る」というのが今はもうないらしいという情報も出てきた。クジャクがいないならもういいやというわけで、私はこの宿に宿泊するのを諦めた。ところが旅行から帰って再度検索したら、去年の情報として、はいむるぶしにまだクジャクがいるという情報が出てきた。客室から見えるというだけで、餌をもらいに客室の窓に来るとは書かれていない。いずれにせよ今回のツアーでは小浜島には来たが、懐かしいはいむるぶしの敷地に近づくことはなかった。

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やがてバスはシュガーロードに着いたが、下車観光でなく車窓観光だった。つまりバスはこの道を、速度を落として通過しただけだ。シュガーロードは「ちゅらさん」のロケ地。私は「ちゅらさん」に関心がなかったが、シュガーロードには関心があった。それは、この名前がさとうきび畑の道という意味だからだ。私は沖縄離島に来てから今までさとうきび畑の撮影に成功していなかった。でも小浜島ではシュガーロードに行くから、そこで確実に撮影できると思っていた。ところが運転手さんが言うには、以前は左右がさとうきび畑だったシュガーロードも、牛のほうが儲かるというわけでその後牧畜のために使われてしまい、さとうきびはなくなってしまった。そんなわけで、さとうきび畑ではなく干し草のロール巻きと放牧牛を撮影。すべて車窓から。

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バスは走り、やがてこはぐら荘の前を通った。こはぐら荘も「ちゅらさん」のロケ地。ここも車窓観光で、バスは速度を落として通過しただけ。

バスは細崎(くばざき)という集落を目指す。私は旅行前に細先がどんな所か、美しい所かと下調べをしたが、実際にはその必要はなかった。これも「ちゅらさん」のロケ地へ行くためだった。このロケ地は集落でなく海岸なので下車してそこまで行く。私は「ちゅらさん」に関心がないので、ロケ地そのものは撮影しなかった。

バスが走るうちに車窓から特徴的な墓が見えてきた。以前に他の島(おそらく波照間島)でも見かけた。私の同行者は韓国の墓に似ていると言った。日本の古来の墓石は上下に長く、墓地には無数の墓石が立つが、ここのは平地の中にひとつだけある場合もあり、墓石は上下に長くなく巨大でずんぐりしている。バスの運転手さんによると、亀の甲羅に似ているので亀甲墓(かめこうばか)というそうだ。人々は祖先の墓の前に座って飲み食いするので、当地では「お墓はおばけが出る、恐い」という感覚がなく、恐くないので「きもだめし」もないそうだ。

小浜島最後の観光地へ向かう中で、運転手さんが、このへんはクジャクをよく見かけますと言った。私は、それでも都合よく見られはしないだろうと思った。ところがそのすぐ後で、2羽のクジャクが道路のすぐ脇の草地に見えた。小さめで体は青かった。私がいるのとは反対側の車窓(左)から見えたので私はよく見えなかったが、長い飾り羽はなかったそうだ。それと前後して運転手さんが、道路のすぐ脇の草地に置かれたものを説明して、あれはクジャクを捕獲する罠ですと言った。帰宅後にネットで調べると、当地ではクジャクは害鳥になっているらしい。ヤギを祝いで食べるという話はこの運転手さんからも(つまり波照間島だけでなく小浜島でも)聞いていた。沖縄離島では「ヤギは食用、クジャクは捕獲」だった。

バスは小浜島最後の観光地に到着。ここは「ちゅらさん」とは関係なく、眺望が良い。急な坂を登らねばならない。

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沖に見えるのは嘉弥真島(かやまじま)という無人島で、ウサギがたくさんいるのでウサギ島ともいう。

船に乗って石垣島に戻った。石垣港はもう十分撮影したので撮影の必要なし。バスに乗って夕食会場に向かうが、この会場は市街地から離れていた。

バスから降りると、まずみね屋工房で八重山上布の説明を聞き、それから花織みんさなどの売り場へ。売り場内は撮影禁止。その後、隣接する「和琉ダイニング みふね」で夕食。島野菜とあぐー豚のしゃぶしゃぶ。

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最初に「島野菜の皿に皆様にとってめずらしいものが2つあります」という説明があった。ひとつは裏が紫色の葉で、名前は忘れてしまった。帰宅後にネットで調べてみたら、どうやらハンダマらしい。もうひとつはきゅうりが大きくなったような野菜で、ナーベラーというそうだ。私の同行者がこれを聞き取れず、店の人が近くを通った時に聞いた。すると店の人は「ナーベラー、ヘチマです。種も食べられます。沖縄では昔から食べています」と言った。最初の説明でヘチマという言葉はなかったと思う。那覇空港で買った飲料の名前「さんぴん茶」もそうだったが、当地方言で書かれたり言われたりして何か珍しいものだと思い込んでいたら、実は共通語では別の呼び名でよく知っているものだったということがある。島野菜の皿には野菜の他に豆腐と麩が入っていた。そういえば昼の炒め物にも麩が入っていた。

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次に食べ方の説明があった。まずIHヒーターの電源を入れる。湯が煮立ったら、島野菜を全部入れる。これで野菜のダシが出る。再び湯が煮立ったら、あぐー豚を湯でしゃぶしゃぶして食べる。豚なのでよく加熱してくださいとのこと。

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黄色い麺はシメに食べるためにある。麺の小皿を取ると、その下は塩が入っている。そこへ卓上にある杓子で4~5杯入れてつゆを作る。ここまでが店の人の説明。シメの時点で湯には野菜と豚のダシが少し出ているので、それもつゆの味になる。麺を湯の中で茹でるという話は説明に出なかったと思うのだが、食べる段になってこれは鍋料理のシメの要領で湯に入れるんだなと察してそうした。この黄色い麺が沖縄そばなのか何なのかは、わからずじまいだ。

まだ食べ終わらないうちに、食事会場に三線をもったお姉さんが現れた。三線を弾いて何曲か歌ったが、私が世間の歌を知らないあるいは関心をもたない人間なので、中の1曲、安里屋ユンタだけ動画に撮った。1番は撮りそこね、2番を撮り、3番は替え歌を歌ったがそれは撮らなかった。歌の前に、さらりとだが「死んだら神様よ」も言ってくれたので嬉しかった。

これで3日目の観光と食事の記録は終わりだが、そろそろ病気の記録を書かなければならない。2日目の夜から3日目の朝にかけてだと思うが、履きなれた靴なのにどうして左足がきついんだろうと思った。また、旅行前から右足の指同士がこすれて痛かったのでテープを持参して貼っていたが、左足親指付け根の外側も痛くなってきたのでそこにも貼った。この時には大事になるとは思っていなかった。3日目の観光も、人によっては行かずに済ませた高台にも登った。異変に気づいたのは3日目の夜か、観光中のどちらかだと思う。左足の痛い部分が親指の付け根よりもかかと寄りに、足の裏側や甲へと移動したように思えた。大浴場で湯に浸かっている間は気持ちよく痛みが引いたが、風呂から出るとまた痛くなった。スティック状の消炎鎮痛剤を夜中に何度か塗り直したが、湿布薬を持ってこなかったことを後悔した。

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沖縄離島ツアー。個人の感想。(8) [旅行 国内]

その8。
「新城島で私は考えた。」

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西表島の大原港に来て、新城島(あらぐすくじま)へ行く臨時便に乗る。船は浮き桟橋でない所に接岸していた。この船にここまで乗ってきた乗客は船首から岸へ上がるが、干潮で海面が低く、船首に木の箱を置いて段にして上がらなければならない。次に乗り込む我々は降りるのでさらに大変だ。浮き桟橋がないとこうなる。浮き桟橋の場合、潮位にかかわらず常に海面から一定の高さに浮く。

船に乗ってみたらグラスボートだったのでびっくりした。サンゴ礁はもう見たので、島への移動にグラスボートを転用したのかと思った。

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あまりに気候が良いので、私は今が2月だというのを忘れていた。気温はちょうどいいが、日射しがジリジリと熱い。

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しばらくすると、サンゴ礁観光が始まった。島への移動にグラスボートを転用したのでなく、サンゴ礁鑑賞もあった。ところが、ここのサンゴ礁は海面から遠くてよく見えなかった。

新城島到着直前に右舷に景勝があった。波打ち際の岩が波に削られてオーバーハングになっていた。しかし私は左舷に座っていたのでシャッターチャンスがなく、この場所は新城島観光の最後に陸から撮影した。

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ネット検索するとこの島に特徴的な記述は、御嶽付近での観光客の扱いだ。観光客が御嶽に立ち入れないのは他の島でも同じだろうが、ここでは鳥居の撮影すら禁止している。だから私は旅行の前には「昔と違って新城島がパッケージツアーの観光地に加わったのはそれを意識しているのだろうか、でも立ち入れない、写真も撮れないでは観光にならないから違うのだろうか」と考えた。実際にこの島に来た観光客としては、関心事は御嶽ではない。船が港に着いて桟橋に立つと、海の色の美しさと足下のサンゴ、その間を泳ぐ小魚にカメラ撮影が忙しくてたまらない。ここのサンゴは西表島のグラスボートで見たものほど美しくないが、船底のガラス越しでなく、分厚い海水越しでなく、水面のすぐ下にじかに見えるのが魅力だ。はっきり見えるという意味では今回のツアーの中で一番のサンゴ観光だった。

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サンゴと小魚を夢中で撮っている。いくら撮っても撮り飽きない。

でも時間が押していて、ガイドのおじさん(詳細は下記)がツアー客に集合をかけた。行かなければならない。

この島までグラスボートを操縦したおじさんと助手を務めたお兄さんはこの島の人で、島上陸後にはおじさんがガイドさんになった。

新城島(あらぐすくじま)は上地島(かみじじま)と下地島(しもじじま)を併せた呼び名。この2つの島は干潮時につながる。2つの島が離れていることから現地ではパナリと呼ばれる。下地島はすでに住んでいた人がいなくなり個人の所有となった。今は島全体が牧場。上地島はあと老人2世帯ほどとなった時、島を無人島にしないために年中行事(神事)を作った。普段はほとんど人がいない島だが、神事の時には島の出身者が島に戻る。この島に、わずかな住人の数にそぐわない多くの家(空き家)があるのは、神事の時に人々が帰ってくるから。ガイドのおじさんは、おおよそそんな解説をした。

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ガイドのおじさんの後に続き、集落を観光中。

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これが、この集落でいちばん沖縄古民家風の家。新城島の観光は竹富島みたいに古民家を見て回るのとは別だというのが察せられるだろう。

新城島の御嶽(ウタキ)と呼ばれる聖域に入ってはいけない、写真を撮ってはいけないというのを私は事前のネット検索で知っていたが、ガイドのおじさんもそう言った。新城島には御嶽が4つあり、今日はそのうちの2つの前を通るという。ガイドのおじさんの後に続いてツアー客は集落を見物し、それから林の中の道へと向かう。ある場所まで来ると、ガイドのおじさんは、ここからは写真を撮らないでくださいと再確認する。そのすぐ先に鳥居がある。この鳥居は白かったが、木製ではないのか? それとも白く塗っているのか? 神社の鳥居だからてっきり神道系かと思ったが、そうではないらしい。鳥居の先に道が続いており、観光客から見えるのはそれだけだ。鳥居の前でガイドのおじさんは、祭りの時にはアカマタ、クロマタという2柱の神様が出て、2メートルくらいの背丈があって(もし人が面をかぶっているならば新城島民の身長が2mということはなく、これは私の記憶違いかもしれない。あるいは背の高い頭飾りがある可能性もあるが)、みなさんがご覧になったらびっくりしますよ、というような内容の話をした。でも私の理解が正しければ、「みなさん」は決して「ご覧になる」ことができないはずだ。島の当事者は神域をとても気にしているが、観光客にとってはどうせ鳥居しか見えないので観光名所ではない。

どんな方向へどれだけ歩いたかは忘れてしまった。とにかく、林の中をしばらく進んで砂浜に出たのだが、砂浜に出る少し前に鳥居があり、そこに至る前にもガイドのおじさんは写真を撮らないでくださいと再確認した。こちらの鳥居は見るからに木製だったが、観光客に見えるものが鳥居とその奥に続く道だけということは変わらない。

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砂浜。浜の名前は、ガイドのおじさんは言ったのだろうが、私には聞こえていない。私はおじさんの話を聞くのでなく、人々の背後の少しだけ地面が高い所に陣取って良い写真を撮ることに専念していた。

記憶がもうおぼろげだが、砂浜から一度集落まで帰ってきて、集落内で左折して進み、その後どう進んだか忘れたが集落の端で右折してまた林の中へ入り、少しだけ進んで、のろしを上げる場所へ来たような気がする。その、集落の端で右折してまた林の中へ入った所で、進行方向右手は集落の敷地だから例のサンゴを積み上げた塀があり、そのサンゴの隙間にひとつ、缶を潰したものが押し込んであった。350mlの缶だがビールかジュースかはわからなかった。なにしろツアー客の一員として歩いている最中だから立ち止まれない。この島に住んでいる人がこれをしたとは思えない。ガイドのおじさんの話では昨日まで祭のために島の出身者が大勢島に戻っていて、今日はまたその人々がいなくなって島がいつもの静かな状態になったそうだ。この後歩いている途中に一升瓶の空瓶がたくさん積まれている所があった。昨日までの祭で飲んだ泡盛と思われる。では島に戻った人の一人が酔っ払ってビール缶を潰して押し込んだのか。この島で生まれるか育つかし、祭のためにわざわざ帰島した人ならば、他人の家の塀にビール缶を押し込むなどという不作法をするはずがない。帰島した人に本土で生まれた子供がいて、その子供が都会で無作法に育ち、親と一緒に島に来て無作法を働いた可能性はある。もうひとつの可能性は、以前にこの島に来た観光客がやったというものだ。この可能性がいちばん高いと思う人は多いだろう。なるほどそうかもしれない。でもこの島には観光客がなかなか来ないはず。パッケージツアーの客はどうしても昼間に、ガイドと添乗員に連れられて一団となって動くので、缶を潰して押し込むような時がない。あるとすれば、個人で来た旅行者の可能性で、そうなると今から何十日前に来たのやら、とにかくなかなか来ない。では島民は、この突っ込まれた空き缶を数十日の間片付けずにいたのか。そこが引っかかる。都会ならば他人の家にごみが押し込まれていても無関心だが、この仲間意識の強い島では違うだろう。そうなると、さっきの「島外で生まれ育った不作法者」説がにわかに現実味をおびてくる。なにしろ昨日までこの地には珍しく沢山の人がいて、祭をし酒を飲んでいたのは事実だから。いずれにせよ、この空き缶はこの島にとって異質なものだった。

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のろしを上げる場所に登った。この場所は狭いので、ツアー客を2つに分けて登らせ、おじさんはその都度ガイドした。こののろしについてはたしか波照間島でバス車窓から見て運転手さんの解説を聞いた。何かあった時には波照間島でのろしを上げてそれを新城島で発見し、新城島でのろしを上げてそれを黒島で発見し、黒島でのろしを上げて・・・と伝えていったという。

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ツアー客の後半2分の1が登って解説を聞いている間、すでに降りてきた前半2分の1は添乗員さんの先導でゆっくりと集落へ戻り始めた。やがて全員合流して集落を歩く。そこにある家々は竹富島のようではなくカメラの被写体にならなかったが、サンゴの塀から生える例の草に花が! すかさず撮影する。

さらに歩いてゆき、ある場所でガイドのおじさんが左手の家に言及しはじめる。どんな名所かと注目するツアー客。ガイドのおじさんは、私の家ですと言った。一同ウケる。家に人がいたらしいが、私は沢山のツアー客の後ろにいたから見えない。ただ、ヤギの声がする。ツアー客の頭越しに探すと遠くにヤギがいてこちらを見ている。家のおじさんが帰ってきたのでメーメー啼いているらしい。ここまでならかわいいヤギに癒される話だが、私はこの地でヤギが祭のたびに食卓に上るのを知っている。あのヤギも例外ではないだろう。

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この島最後の観光は、島到着直前に右舷にあった景勝地。残念ながら逆光だ。ツアー客の一人がガイドのおじさんに、この景色をいつも見られるとはうらやましいと言うと、おじさんは、太陽の光がこちらから射す時に写真を撮って年賀状に使っていますと言った。それはうらやましい。

島を離れるためにグラスボートに乗ろうとしている時のことだった。ひとりのツアー客がこの島の環境を気に入って、ここで働きたいと言った。冗談か本気かは知らない。それに続いて、でもだめなんでしょうねとガイドのおじさん(今や船の操縦者に早変わり)に言ったら、おじさんは、ええ、外部からの移住者をお断りしている位ですから、というような意味のことを言った。私にはひとつ個人的な疑問がある。そこまで外部の人間の悪い影響を拒み、みずからの信仰と島民同士の絆を絶対的に守るならば、そもそも観光客を拒むはずなのに。観光客といえば、さまざまな部外者の中でも信用できない類のものだ。ごみを捨てるかもしれない。禁じられた場所に入るかもしれない。本気で島に住みたいと言う人のほうがよほど信用できるはず。それなのに、なぜ私は今ここにいる? 島民はなぜ観光を拒まない? それが、島にいる間に私が感じた唯一の疑問だ。

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沖縄離島ツアー。個人の感想。(7) [旅行 国内]

その7。
「ニシ浜は今回見た中でいちばん美しい浜。」

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波照間島の続き。

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最南端の碑がある海に近い場所でなく、そこから駐車場へと少し戻った場所に、にょろにょろと絡まって生える不思議な植物を発見。

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あれに見えるがバス駐車場。

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なんと、駐車場のバスの横にもあの、にょろにょろと絡まって生える不思議な植物が、しかも大量に。

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バスは次の目的地へ。ニシ浜。運転手さんが「ニシ浜といっても西にはありません」と言った。帰宅後に調べると、ニシは漢字で北と書き北という意味だ。運転手さんは「砂浜の砂を持ち帰っていいですよ」とも言った。それでは美しい海岸なのだろうと思った。果たして、今回の離島めぐりで一番美しい海岸だった。砂浜の砂をビニル袋に取った。真っ白でなく、中に茶色い粒も混じっている。沖のサンゴが砕けて砂になったものではないだろうか。

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バスは昼食所へ。ここは波照間島だから食事処は限られる。居酒屋あがん。バスの運転手は最初にここを通った時にちゃんと食事処が「青い屋根の建物」と言ったのだけれども、あまりにそれらしくない小さな家だったからか、食事のためにふたたびここへ来てバスを降りた時、最初のツアー客が奥の大きな建物が食事処だと思い込んでその玄関前で待った。すると後続のツアー客もてっきりそこだと思い込み、みんな関係のない民宿の玄関前で待っていた。私も集団心理で何の疑いもなく民宿前で立っていた。やがて添乗員さんが「こっちですよ!」と叫んだ。

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昼食は八重山そば、炒め物(チャンプルー?)、イカの刺身。イカの刺身は2人分が小皿に入っており、小皿の四隅のうちのひとつが仕切られていてそこに醤油を入れる。2人組のツアー客は向き合って座り、2人の間にイカの小皿がある。八重山そばの汁は薄味。添乗員さんが、卓上にある「泡盛クース」をちょっと入れると美味しいと言った。試してみると、ぴりっとする。タバスコに似た味。ということは、熟成系の辛味調味料か? 炒め物は、ごま油を使ってる? この炒め物には麩が入っている。話は先走るが、この日の夕食であるしゃぶしゃぶの湯に入れるものの中にも麩があった。沖縄ではしばしばいくつかの料理に麩を使うのだろうか?

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昼食の後の自由時間に散策して撮影。この家は防風の木、サンゴの塀、赤い屋根瓦にシーサーと、ほとんど揃っているが、惜しいかな正面のついたてがない。

波照間港を出て西表島の大原港を目指す。高速で走る船が持ち上がってはエレベーターが下りるような妙な感じがあってズズンと落ちる。ジェットコースターのようで良い。

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沖縄離島ツアー。個人の感想。(6) [旅行 国内]

その6。
「波照間島には黒ずくめの一団がやってきた。」

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昨日も来た石垣港。港建物内部と桟橋は昨日撮影したので、今日は省略。昨日いたドリカンくんは今日はおらず、ツアー中に見たのは結局昨日1回きりだった。添乗員さんが言うには、波照間島行きの船は欠航になることも多く、順調に出港できるのはラッキーらしい。

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波照間島へ向けて出港。

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波照間島に着いた。

ドリーム観光は波照間島に定期便をもっていない。定期便をもっているのは安栄観光。今回はチャーター便だからドリーム観光の船で波照間島に来た。

バスの運転手が言うには、この島に観光客はあまり来ないそうだ。正直に言って島に観光施設は一切ありませんとのこと。

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バス車窓から。運転手が民家の説明をする。琉球石灰岩(もとはサンゴ。面倒くさいから以後「サンゴ」と書かせてほしい)を積み上げて塀とする。家の前には防風の木を植える。だから家を建てる際はまず防風の木を植えてから。

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バスを降りて民家散策開始。サンゴの塀、家の前のついたて、屋根の上のシーサーと全部揃っている家はなかなかない。

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塀からひょろひょろ生えているこの草が私は気になった。これの正体がわかるのは翌日。

集合時間までの間に(この時でなく昼食後の自由時間だったかもしれない)、私の同行者は郵便局で記念切手を買った。ツアー客のうち酒を飲む人はどこかへ行って当地の地酒「泡波」を買ってきた。この地酒は島を出るとどんどん高くなるので安い当地で買おうとしたそうだ。小瓶しか残っていなかったそうだが、一人で何本も買ってきた人がいた。さて、バスに乗り込み、次の目的地、日本最南端の碑へ。

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途中、車窓からヤギが見えた。ツアー客の感想としては「かわいいヤギ」だが、バス運転手さんはヤギが見えるたびに「おいしそうなヤギ」と紹介した。そのわけは、当地では祝い事のさいにヤギを食べる。ここで飼われているヤギは食用なのだ。祝い事のたびに1頭ずつ減る。この事情は小浜島でも同じらしい。

バスは波照間空港の滑走路のすぐ近くも通った。運転手さんがガイドするには、この滑走路にはもう何年も飛行機が来ていないそうだ。以前に、「波照間島へ来る飛行機のパイロットが定年で退職する」という知らせがあり、それっきり飛行機が来ないとか。でも現在この空港をまた使用する案件があり、じきにまた使われるだろうとのこと。

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バスを降りて、最南端の碑よりもずっと手前に集まり説明を聞く。今いる足元から最南端の碑まで続く2匹の蛇が絡み合ったような石造りのオブジェは沖縄が二度と本土と離れないようにという願いで作られ日本中の県の石が使われているという説明に私は関心を示さず、思うことはといえば、人々が最南端の碑を取り囲みあるいは碑と一緒に記念撮影を始めたらもう良い写真は撮れない。人より先に碑までたどり着き、人より先に写真を撮ってしまうこと。一目散に碑を目指す。バスの運転手が車内で「最南端の碑をご覧になったらあまりに小さくてがっかりすると思います」小さい理由はこの碑が自治体の資金によるものではなく発起者の学生をはじめとする人々の手によって作られたからと言っていた。また、旅行前の下調べで日の丸が付いているほうではないというのも読んでいた。私はまだ人が少ないうちに最南端の碑にたどり着き写真を撮った。

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後から人々がやって来るが、その中に黒ずくめの一団がいた。これも観光に来た一団に違いないから私は気に留めなかったが、後で添乗員さんが言うには、あの黒ずくめは神職の一団だったそうだ。最南端の碑の隣にある日の丸の付いた碑が昔神道神職の立てたもので、そこへ集まったらしい。じつはこの後、私たちがニシ浜へ行きそこから去ろうとすると、入れ違いでさっきの黒ずくめの一団がニシ浜へやって来た。目的である碑の前での参列を済ませ、次に当地の観光といった所だろう。
上の写真はネット上での公開を考慮して人の顔を隠している。写真を編集したのがウィンドウズのソフト「ペイント」なので、「ぼかし」などという高級なことはできない。ベタ塗りご勘弁。

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ここに来る前、どの島でだか忘れたが、木にパイナップルのような実がなっているのはアダンという植物だと説明があった。そのアダンが日の丸の付いた碑の背後に生えていたので撮影。前の記事に書いたが、タコノキというのもパイナップルに似た実がつく。帰宅後に調べたらアダンはタコノキ科タコノキ属だった。

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沖縄離島ツアー。個人の感想。(5) [旅行 国内]

その5。
「由布島では慎太郎という水牛が鞭打たれていた。ありがとう慎太郎。」

前回の続き。

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水牛車が由布島に到着し、バランスを保つために「一人ずつ降りてください」と言われて水牛車を降りたら、私はすぐに慎太郎の写真を撮りに水牛車の正面に回り込み、写真を撮って慎太郎に「ありがとう」と言った。それは、慎太郎がゆっくりしか歩かないのでおじさんが何度も木の枝のような鞭でぶったのがかわいそうだった(私だけでなく見たツアー仲間はみなそういう反応を示した)からでもある。

由布島観光(小さな島全体が植物園)は、土産物屋のある建物に入り、水牛家系図の前で話を聞き、建物の反対側から島中央方面へ出、希望者は水牛との記念撮影をし、その後自由散策となる。水牛家系図前での話の中で、ここの水牛がみな有名人の名前をもらっていると聞いた。その時になって初めて私は、私を乗せてくれたのが信太郎でなく慎太郎ではないかと思った。家系図の中を探すと、果たしてそうだった。家系図があるということは、20年前に名前を聞いた聖子や桃子やマドンナがその中にあるはずだと探したが、なぜか見つからなかった。

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ハナチョウジ。

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タコノキ。

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タコノキはアダンと同じ仲間だから、アダンと同じようにパイナップルに似た実がなる。

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ドリンク売り場でさとうきびジュースを売っていた。さとうきびジュースは、果実系の味で、砂糖なしで甘い。

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蝶々園は、建物の入口に二重の網が暖簾のようにあり、中の蝶が逃げないようになっている。そこをくぐって中へ入ると白と黒の模様の大きな蝶がたくさん飛んでいてとてもきれいだ。ここの目玉はいちばん奥のオオゴマダラの蛹で、金色に光っている。
その場にいた時から、蛹が枝に付いている所のクルクルとしたものには気づいていた。その時は私は蝶の幼虫がこういう器用なことをしたと思い込み見ていたが、いま写真をよく見たら、これはどうやら針金だ。いろんな木のいろんな枝に蛹が付いたのを、蝶々園の人がひとつの木に集めて針金で留めたんだ。

蝶々園から分かれ道に戻り、マンタの浜を目指す。添乗員さんが「どんな順番でどこへ行っても自由です。マンタの浜までは行ってください」と言ったからだ。

マンタの浜へ行く途中の旧校門跡は見た覚えがあるが興味はない。貝の館は私は見てもいいと思ったが同行者が興味を示さなかった。

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マンタの浜には巨大なマンタの像があるがマンタがいるはずはなく、ただ明日行く小浜島が見える。

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帰ってきて土産物屋の建物を出た外側に、池の周りに水牛がいて周囲を柵で囲っている所がある。

帰り(由布島から西表島へ)の水牛車おじさんは三線が下手で妙な調子を奏でていた。その後でツアー客との会話の中でおじさんが言ったのだが、この人はもともと関東の人だった。ほんの2年前につてを得てここへ来て研修を受け、水牛車のおじさんになったそうだ。私は水牛車のおじさんといえば沖縄で生まれ育ちずっとこの仕事をしているベテランだと思っていたが、そうとは限らないということだ。

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これで2日目の観光は終わり。西表島にくっついている小さな由布島を西表島の一部と考えるなら、まるまる1日西表島観光だった。西表島へ来る船は大きめの船だったが、帰りの船は行きとは違い小型ですごいスピード。でこぼこ道を突っ走る車のような乗り心地。その横をもっと速い船が追い越していった。

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2日目の夕食はオプションまたは自由外食だった。私はオプションを注文した。オプションの選択肢は2つあり、刺身5点盛りか、鍋と刺身数点。私は刺身5点盛りにした。歩いても行ける距離だがホテルからタクシーに分乗して店へ。「一龍」という名の居酒屋だった。パッケージツアーが食事処に居酒屋を使うのが私は意外だった。そういえば添乗員さんはバス車内で食事オプションの説明をするさい、オプションを注文しないツアー客に食事処を紹介するのに「そこに居酒屋があります」と言ったが、その時から私は違和感をもっていた。
私は旅先でアルコールを控えるのが常だったが、今回は飲んでみようかと思っていた。居酒屋に石垣島地ビールのヴァイツェンというのがあったので注文した。帰宅後にネット検索したら、石垣島地ビールにはヴァイツェンの他にもマリンビール、デュンケル、白ヴァイツェン、夕暮れ海岸ビールという銘柄があるそうだ。ヴァイツェンは、あっさりめで酵母が入っている味。

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写真の左上は海ぶどうと滝川豆腐、真ん中はゴーヤの味噌漬、右上は島らっきょう、右下はもずく酢。これに後から味噌汁が来た。味を察する参考に、その場での誰かの会話をそのままメモしたものを載せておく:「沖縄のお味噌って白味噌ね」「あんまりお塩きいてないおとなしい味」。刺身5点盛りのうち黒く見えるのは貝なんだが、私のはハズレで、やたらと小さかった。

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沖縄離島ツアー。個人の感想。(4) [旅行 国内]

その4。
「知りたい。今でも死んだら神様か?」

食後、船浮集落からイダの浜へ行った。

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イダの浜への変わり映えのしない道の中でひとつ目立ったのは、「上の川」(ウイヌカー)というもの。昔はここから生活用水を取っていたという。

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イダの浜に到着。昔漫画「北斗の拳」を愛読していた私は、イダ・・・ユダ・・・南斗六聖拳妖の星などと思い巡らしていた。ここで北斗の拳を思い出してしまったせいか、由布島では私はシンタロウと聞いてケンシロウを思い出してしまうことになるが、それはまだ先の話。

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砂浜はサンゴのかけらだらけ。

船浮港の左側は少し行って道がおしまいになるが、そこに旧日本軍防空壕跡がある。船浮港に着いた時は、昼食時間との兼ね合いか、それともすでにツアー客が反対方向のトイレに向かって進み始めていたからか、理由はわからないが防空壕跡の観光だけが後回しとなった。イダの浜から戻り、昼食所に再度(靴を脱いで)上がって休憩した後、防空壕跡へ行った。

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防空壕跡。敵襲に備えて防空壕は作ったが、この島は艦砲射撃程度で終わったそうだ。人々は銃撃ではなくマラリアで死んだそうだ。トンネルは崩落の恐れがあるそうで、入口までで引き返した。トンネルの向こう側には旧日本軍が作った設備があるそうだが、それは見ずに終わった。旧日本軍はそこで震洋というモーターボートの特攻艇を作っていたそうだ。

船浮の桟橋に着く時、桟橋の左側の海に面した崖に洞穴が見えた。それを他のツアー客も覚えていて、あれも防空壕ですかとガイドさんに訊いた。ガイドさんは、あれは砲台跡ですと答えた。

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船浮港を出て白浜港へ向かう時、最後のチャンスにその砲台跡の洞穴をグラスボートから撮影した。

グラスボートは白浜港に着き、そこからバスで元来た道を戻る。ただし大原港まで直行でなく、途中由布島へ渡るために近隣の浜辺まで。

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道路脇には、しばしば2本ずつヤシが植えられている。これが一定間隔でしばらく続く。このヤシは背の低いものはトックリヤシに見えるが、背の高いものはトックリに見えない。何か他の種類にちがいない。

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いよいよ水牛車乗り場に到着。私は20年前の沖縄離島めぐりでここの記憶がある。その記憶と同じ所はどこか、違う所はどこか。

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電信柱と電線が由布島まで続いているのを発見。

ツアー客は2グループに分かれて2台の水牛車に乗り込んだ。私は11番水牛車の先頭席だ。

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水牛の名はシンタロウ。私はこの名前を紙にメモするまで忘れずに暗記していようとしたが、暗記の手段として身近な似た言葉からの類推を選んだものだから、ケンシロウなどと余計な名前を思い起こしてまぎらわしくなった。これは類推でなく漢字で覚えるほうがいいと考えを改め、信太郎という漢字を頭の中に思い浮かべた。私はてっきり信太郎だと思っていたが、後でわかった所では慎太郎だった。

慎太郎は人間の40歳台に相当。満員の水牛車を重そうにゆっくり引っぱった。

由布島に着く少し前になって、ようやくおじさんは水牛車先頭の三線格納箱(この水牛車では正面開口部の下にあった。竹富島の水牛車では正面開口部の上に三線が置いてあった)の木蓋をパタンと開けて三線(さんしん)を取り出して「さあみなさん、安里屋ユンタを歌いましょう」と言って弾きだした。安里屋ユンタを歌い終えたら、もう由布島に着いてしまった。

ここで少し話は逸れるが、20年前と今回の水牛車の違いについて考えてみたい。20年前にも私は由布島と竹富島で水牛車に乗った。由布島では、20年前には聖子や桃子やマドンナという名前の水牛たちが、各々じつに個性的で、いつまで経っても同じ辺りでのんびり歩いていて岸にたどり着かないのがいるかと思えば、石も窪地も何のその、車が揺れるのもお構いなしでどんどん我が道を行くのもいると当時のメモに書いてある。今回は、行きが慎太郎、帰りが小次郎という名の水牛だった。お察しの通り近くには武蔵という水牛もいた。でもそれらの名前を20年前ほど面白いと思わなかった。だって水牛がアイドル歌手なら面白いが、水牛が政治家や剣豪ではいまひとつだ。せめて綾小路きみまろとかコロッケとか命名してほしい。今回も水牛にはたしかにゆっくり歩くのと速いのがいて、先に出発したゆっくりのが速いのに追い抜かれたが、それに気づいたのは20年前の記憶があるからで、20年前にはもっと顕著なのがいてツアー客みんなで面白がったものだ。竹富島では、20年前には消防団長兼警察署長のおじさんがガイドになって三線を弾きながら、変に艶っぽい下ネタなど織り混ぜて色々解説してくれたと当時のメモに書いてある。いっぽう今回の竹富島は水牛車の「お姉さん」だったので、艶っぽい下ネタはそもそもありえなかった。
水牛車での三線というと、私にとっては安里屋ユンタだ。20年前には由布島と竹富島のどちらだったかは忘れたが、水牛車おじさんが「死んだら神様よ」というジョーク(?)でツアー客を楽しませた。今回その「死んだら神様よ」というジョーク(?)がまだ存続しているかどうかが私の関心事だった。由布島では上記のとおり、安里屋ユンタは歌ったものの、あっさりと歌って終わった。後の竹富島では水牛車のお姉さんが安里屋ユンタを含めて何曲も弾いたが、「死んだら神様よ」はなかった。しかし今回私はツアー中に3回安里屋ユンタを聞いた。残る1回は3日目夕食の食事会場で。三線を持ったお姉さんが現れて何曲も披露した。その中に安里屋ユンタがあり、歌の前にお姉さんが、さらりとだが「死んだら神様よ」のジョークを口にした。知ってますよねという感じで。

水牛の話は、次回に続く。

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沖縄離島ツアー。個人の感想。(3) [旅行 国内]

その3。
「水落川では船の右側に乗れ。そもそもサキシマスオウはない。」

西表島を大原港から白浜港へ。

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この島の舗装道路には所々に赤茶色の縞があり、そこをバスが通るとガタガタ音がする。これは動物に車の進入を知らせるために音を出すのが目的で、ゼブラストライプと呼ばれているそうだ。

西表島は東部地区と西部地区に分かれており、東部地区ではさとうきび、西部地区ではパインとマンゴーが栽培されているという。だからここまで来ると、西表島でさとうきび畑を撮影する機会がなくなった。私はツアーの中に小浜島があるのを知っていて、そこに「シュガーロード」があるのも知っていたので、さとうきび畑は小浜島で撮影すればいいと考えていた。しかしそれは、後日の記事で述べることになるが間違いだった。

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白浜港に到着。このグラスボートに乗ってマングローブと珊瑚礁を見に行く。場所は船浮湾に流れ込むクイラ川の支流である水落川。

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マングローブの林。マングローブというのはこういう形態の根をもつ植物の総称であり、植物名ではないとのこと。私はどこかにもっと巨大なマングローブがあるのかと思っていたが、結局この大きさのマングローブしか見なかった。ボートで解説があると「右側に・・・」ばかりで私は左側に座っていたので、あまり写真が撮れなかった。

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水落の滝。ボートはここから引き返す。

引き返す途中のボートから、行きは右側に座る人の頭越しで撮影できなかったマングローブを近くで撮影しようとした。しかし帰宅後に見てみると写真はどれもブレている。観光船は、行きは解説しながらゆっくり進むが帰りはスピードを上げるので、そのせいかもしれない。

話は先走るが、後日の小浜島でのこと。バスの運転手さんがマイクで色々喋る中で、皆さんは西表島でマングローブとサキシマスオウをご覧になりましたねと言った。私はサキシマスオウを見ていなかった。20年前の旅行メモにはサキシマスオウを見たと書いてある。今回のツアーではマングローブ観光クルーズが仲間川ではなかったのでサキシマスオウが見えなかったと思われる。

さて話を元に戻そう。

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遠くに船浮港が見えるが、今は素通りして先へ行く。目的地は、イダの浜の沖にある珊瑚礁。これは船浮港から陸地の出っ張りをひとつ越した西側にある。

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行く手の海の色が明るい。珊瑚礁だろう。

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珊瑚礁に到着。グラスボートの真ん中に縦に伸びる覗き窓から海底を見つつ解説を聞く。

ボートの解説によると、珊瑚の呼び名はそのまんま形によるもので、テーブル状のものがテーブル珊瑚、枝状のものが枝珊瑚、脳のような形をしたものが脳珊瑚。潮の流れが急な所にはテーブル珊瑚が多く、潮の流れが緩やかな所には枝珊瑚が多い。

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船浮港に着いた。桟橋から、トイレおよび案内図のある場所へと歩く。たぶんこのへんを歩きながらだと思うが、グラスボート乗務員転じてガイドのお兄さんが、船浮の集落はこの200mほどの道で全部ですと言ったと思う。ほんとうに200mしかなかったのかはわからないが、とにかく海岸沿いの一本道を歩きつつ時々止まってガイドする。

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これがその200mの一本道の途中だ。どのへんまで歩いた所かはもうわからないが、イダの浜へ行く案内板が見えるから、まだここはトイレのすぐそばだろう。これから道なりにぶらぶら歩きつつ、この短い道の中でいくつものガイドを聞いた。

船浮集落の観光が終わると、その後は各自昼食場所まで帰るのだが、その時にガイドさんが「御嶽(ウタキ)には入らないでください」と言った。現地の人も神職以外は入らないそうだ。ガイドさんはニライカナイという言葉も口にした。私はそういうウタキなるものが明日行く新城島にはあると知っていたか、ここ船浮にもあるとは知らなかった。で、ツアー客からは、そもそもそれはどれですかという質問があり、ガイドさんが教えた。私は初め、小屋のような建物のことかと思ったが、そうではなく、その小屋に隣接する、ただ石を積んで塀にしたその内側の広場のような場所だった。

ガイドが終わって昼食処へ行った。靴を脱いで上がってくださいと言われて意外だった。

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「海人(ウミンチュ)田舎汁定食」。
当地では味噌汁は具沢山で、これがメインだと説明があった。汁の具の中で写真を見てわかりにくいものは、白身魚に衣をつけたもの。白味噌仕立てだが生姜の味がした。食後に私の旅仲間同行者が、作ったおばさんの一人に聞きに行ったところ、魚のあらで出汁を取り、白味噌を使い、生姜の搾り汁を加えているという。汁が入っているどんぶり茶碗が、普通のどんぶりよりも重い。
ご飯は、沖縄風炊き込みご飯。私の耳にはコージューシーと聞こえたが、帰宅後にネット検索したらクファジューシーだった。ツアー客が2人参加の場合、向かい合って座り真ん中におひつが置かれる。ご飯はこのおひつから取る。私は、炊き込みご飯に豚バラ肉の小片を入れても美味しいなあという感想をもった。これの作り方も旅仲間同行者が食後に聞いたところ、豚ばら肉とヒジキと人参を米と一緒に炊き、炊き上がってから小ネギを混ぜるという。私はばら肉をあらかじめ油で炒めて味付けするのかと思ったが、帰宅後にネット検索したところ、それはしない。
右上は、もずく酢。
左上はデザートで、沖縄風ぜんざい。麦を使うのが特徴。他には小豆が入っている。ほどよく甘い。
具沢山の汁で腹いっぱいになった。この定食は、興味深く、珍しく、滋味。

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沖縄離島ツアー。個人の感想。(2) [旅行 国内]

その2。
「粥はまずく、ゆるキャラには横を向かれ、それでも全てが興味深い。」

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同行の旅仲間が早朝に、道路を挟んでホテルの向かい側にあるコンビにへ行こうと言い出した。このCoco!というコンビニは島にいくつもあるようだが、中に入ってみると東京にもあるスナック菓子などが目立ち、当地オリジナルは少しある程度だった。シークワーサーのジュースを買った。

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シークワーサーのジュースは、原材料の最初にぶどう糖果糖液糖とあるとおり、ただの甘いジュースにそれらしい香りが付いた感じのものだった。

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朝食はバイキング。この日は、ひき肉を卵で包んだミニオムレツ、ハム、山芋をのりで巻いて揚げたもの、八重山やきそば、島豆腐、粥、のりなどを取ってきた。八重山やきそばは、もちもちの麺。粥はごはんに芯があって甘みがなく、ハズレ。私は島豆腐の食べ方を知らなかったので醤油をかけたようだが、本当は薬味だけで食べるらしい。

バスに乗り、車内で添乗員さんが言うには、多くの離島ツアーでは1日のうちに西表島以外にも島を巡るが、このツアーでは今日は1日かけて西表島を回るという。西表島にぴったりくっついている小さな由布島を西表島の一部と考えるなら、たしかにそういうことになる。

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石垣港で西表島行きの船を待つ。初日は別として3日間この港を利用したが、この日だけゆるキャラが来ていた。ドリーム観光のドリカンくん。まったくの偶然だが、ドリカンくんがこっちを向いたので私がカメラを構えるたびに、ドリカンくんはすぐ横を向いた。

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いざ、船へ。

この西表島行きの船は定期便で他の一般客と相乗り。大きめの船で、船室に通路は2本。つまり座席は3列に分かれていた。正面には上から液晶テレビが下がっており、私たちが乗った時には朝のNHKドラマ「マッサン」を放映中だった。その後は地上波テレビ番組でなくナショナルジオグラフィックのような、海の生物の極彩色ドキュメンタリーを西表島到着まで上映した。

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海上保安庁の船がなんでこんな所にあるのかといえば、某国の不埒な船/舟が領海侵犯しないように警備するのだ。

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石垣港の防波堤は2重になっていて、内側の防波堤の先には灯台ではないかもしれない何か、外側の防波堤の先には灯台がある。写真は内側のほう。

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西表島に到着。

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船を降りたら今度はこの黄色いバスに乗る。

船が着いた大原港は西表島の南南東あたりの海岸にある。西表島の真ん中は山と密林なので、舗装道路は港からほぼ海岸線沿いに北上し、西表島の北西の海岸にある白浜港まで続く。バスはこの舗装道路を走り、西表島の道路をほぼ全部走ったことになる。この島の集落と人口がとても少ないことや、島内に信号機が2つしかない(しかもそのうちのひとつは学校の生徒が島外へ行った時のための学習用)・・・と思ったら白浜港近くでもう1つ信号機発見、などバス車内で話があったが、私は自然メインで記録するつもりだったので、その手の話の多くは記憶しなかった。

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