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【学生・教員用】自分が所属する私立大学の危険度を、こんな所から考える [非常勤講師外伝]

キャンパスに人が少なくなった(危険度1)
ある教科を担当する教員が頻繁に変わる(危険度1)
学校が知られたくない内情を学生が知っている(危険度2)
学食の献立が去年に比べて貧弱になった(危険度3)


キャンパスに人が少なくなった(危険度1)
キャンパスで見かける学生が去年より明らかに少なくなったという事は、新入生が明らかに少なかったか、2年生以上に休学者・退学者が多かったか、いずれにしても学生総数の減少を反映している可能性が高い。とはいえ、今どき多くの大学は学生数の減少に苦しんでいるはずだから、これだけでその大学が他と比べて悪いとは言えない。だから危険度は1。

ある教科を担当する教員が頻繁に変わる(危険度1)
専任教員でも時には解雇されるが、それよりも頻繁に解雇されるのはもちろん非常勤教員だ。また、解雇されずとも自分から事情により辞めてゆく非常勤も多い。教員が頻繁に変わるというのは、必ずしも解雇されたのではなく、自分から辞めていった教員も多くいる。では何が問題なのか。解雇にせよみずから辞めるにせよ、教員が頻繁に変わるという事は、教員が愛校心や忠誠心をもつ暇がない。そういうシステムを容認している学校も、非常勤にそれほどの愛校心や忠誠心を求めていない事になる。即戦力の外人部隊として非常勤を雇っている事になる。そして学生に授業で毎日接している教員は、その愛校心も忠誠心もない外人部隊なのだ。雇われたからにはどの非常勤講師も普通に授業をするとは思う。さて、講師がどこまでの情熱と努力をもって学生に接してくれるかは、その講師次第だ。少なくとも学校はそれを要求していない。毎日学生に接する教員を「育成」する気のない学校に、学生を「育成」する事ができるのだろうか。私は本当は、これを危険度2にしたい。でも日本中の大学はどこもこの程度かもしれない。これだけでその大学が他と比べて悪いとは言えない。だから危険度は1としよう。

学校が知られたくない内情を学生が知っている(危険度2)
大人にはいわゆる大人の事情がある。外に対して透明性をアピールしながらも、実際には全てを透明にする事はできない。たとえば、その年の入学者数が定員割れを生じた場合、学校はそれを教員には話し、今後一丸となって次年度新入生の獲得に一層努力するべしと発破をかけるだろう。でも部外者には絶対に漏らさないようにと念を押すはずだ。ここで明記しておくが、定員割れ自体は危険度2ではない。今どき、残念ながら少子化で定員割れを生じる大学は少なくなく、これだけで当該の大学が他と比べて悪いとは言えない。そこを間違えないでほしい。問題は、その外部に知られたくない内情を学生が知っているという事のほうだ。学生が知れば、親が知る。親が知れば、口コミで外部に漏れる。普通、教員は学校の良くない内情を学生に話さない。しかし現に学生がそれを知っているという事は、教員の誰かが話したという事だ。これはいわば自分の所属する職場への裏切り行為だ。その結果、当該の大学はあまりにも透明性が高く、悪い噂まで外部に筒抜けとなり、残念ながら次年度の入学希望者は減るだろう。なお、これを読んだ教員の方のためにもう少し書きたい。学校の内情を学生が知っているかどうかが、どうして教員にわかるのか。まさか学生に向かって、「君たちは学校が知られたくない内情を知っていますか」と質問する馬鹿な教員はいない。可能性は2つあり、どちらも偶然にわかったにすぎない。まず、授業の終了後、教師が授業の後片付けをして教室を去るまでの間に、学生の一部が教室に残って雑談する事がある。教師から離れた場所で雑談しているが、大きな声で喋れば教師にも聞こえる。そしておしゃべり好きな女子学生の口から、偶然に学校の内情が飛び出して教師がびっくりし、聞かなかったふりをして教室を去る事がある。2つめの可能性は、掃除に雇われている方、とくにおしゃべり好きのおばさんと話をする場合。これも、学校の内情に関係する話は普通しない。本当に偶然に相手の口から飛び出す。そして、掃除のおばさんをあなどってはいけない。教師以上に色々知っている。今年の新入生が何人だとか、4年生が何人退学したとか、どうして掃除のおばさんが知ってるんだと思う事がその口から飛び出す。そしておばさんはこう言うのだ。「学生から聞いたんだけどね。」

学食の献立が去年に比べて貧弱になった(危険度3)
たとえば、去年はゆで卵1個をトッピングしていた料理が、今年は半分に切って2分の1個になっている、という例だとわかりやすい。それを初めて見た時、学生は一瞬「あれ?今までと違う」と思うだろうが、たいした事じゃないと考えてすぐに忘れるだろう。しかし、日常のほんのわずかな違和感は、実は多くの場合裏に何かがある。学食は、巷のレストランよりもずっと安い。学生のために価格を安く設定しているのだが、それではなぜ安くできるのか。それは学校から補助が出るからだ。学食は学校に雇われた誰かが運営しており、そこに学校が補助金を出して料理の価格を低く抑えている。その学食が料理を貧弱にしたのはなぜか。何の問題もなければ去年と同じにすればいい。料理が変わったのは、何かがあったからだ。何かとは、資金繰りが苦しくなったからと考えるのが普通だ。学食だから、料理の値段を上げられない。となれば、料理の中身を減らすしかない。ではどうして資金繰りが苦しくなったのか。まず考えられるのは、学校からの補助が少なくなった事だ。絶対にそうだとは言い切れないが、いずれにしても学校の状態が、学生への待遇にまで影響を及ぼし始めているのは事実だ。本来学校が万全のサービスを考えるはずの学生にまで皺寄せが来ている。学校がそこまで困っていると見るべきだ。

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無題 [非常勤講師外伝]

リストラ通告の時に話し合った事務のトップの人がいたので挨拶した。私は挨拶だけしたら去るつもりだったが、相手が世間話を始めた。「先生のほうは雪が大変だったでしょう」と言われた。私のほうでなくても関東はどこも大変なのに何を言っているのか不思議だったがそこは人付き合いだから話を合わせた。そのうちに相手はニコニコしはじめた。なんでニコニコしてるんだ?こっちは夜眠れなかったり、急にいいようのない不安に襲われたりして、これはもう私は健康な状態じゃないと思っているのに。この人は私の来年度のコマ数がたった1コマだと知っている。このままでは再来年度は雇用を打ち切られると知っている。だって私はこの人から全ての通告を受けたのだから。その人が、何を私に向かってニコニコしているんだ?他人事だからか?そこまで無神経なのか?他人事っていうのは、うらやましい立場だな。

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無題 [非常勤講師外伝]

1月4日の記事で一睡もできなかったと書いたが、それがいまだに良くない。ひとことで表現するなら、気持ちを制御できずに明るくなったり暗くなったりする。

11日の朝は、久しぶりに晴れ晴れとした気分だった。今までの不安が小さくなって消えたように思えて、「そうだ、人生こんな気分で生きなきゃ意味がない」と思った。ところが職場へ行き、お世話になっている先輩に会って話を聞くうちに心境が変わった。話の内容は私のリストラ通告の経緯とその後の展開についてで、おおまかな所はすでに私も知っていたし、現在の状況についても先に雇用者側から電話があって知っていた。すでに知っている話を聞いただけだから、本来ならば私の心境は変化する必要がないはずだった。ところが人から改めて聞くと、私は改めて収入減を再認識したかのように落ち込んだ。

「その後の展開」というのは、以前のリストラ通告の記事に書いた職場への私の要望というのがあったが、それが通ったという話で、とにかく来年度つまり4月からの1年間は1コマだけ授業をできるというものだ。以前の記事に書いたとおり、これが現状での最善だと私は思っている。この職場の給与は大学の非常勤給与の中では少なく、1コマ分の年収は20万あまりだ。念のために書くが、これは月収ではなく年収だ。これだけで生きられるわけもなく、とにかく職場とのつながりを少し延ばせたというのが本当の意味での成果だ。そう考えると私が不安になり落ち込むのも当たり前といえる。

それで今の私の問題はというと、思考が切れ切れになっているということだ。その時目の前にある対象にたいしてはいっしょうけんめい対応しているが、ちょっとでも過去の事になると思考の糸がつながっていない。具体的に書いたほうがわかりやすい。私は、先に触れたお世話になっている先輩に会ったら真っ先にお礼を言わなければいけなかった。あらかじめ手紙を出した時も、お会いして改めてお礼申し上げますと書いた。その後、突然あの1月4日の記事の精神状態になって一睡もできなくなり、その時点でどうやら思考の糸が切れた。それで、先輩に会ったはいいがお礼を言わずに出てきてしまった。後から気づいて悔やんだ。

あまり悔やんだのでつい帰宅途中に酒を買いたくなった。ある店で、いちばん安い韓国産の第3のビールの箱を手に取った。特価四百何十円と書いてあった。だから私はレジで五百円玉を出して払おうとしたら、五百何十円ですと言われた。あ、足りなかった、と思ったその時点では、すでに特価四百何十円と書いてあった事の思考の糸は切れていた。五百何十円を払ったらおつりをくれる時に、なぜか今日だけレシートをくれなかった。それが気になった。帰宅してから思考がようやくまとまり、「やられた!」とわかった。

それから一晩寝て、朝になった。つまり今朝だ。私は土曜日曜と休んで月曜に仕事があると思い込んでいた。月曜は成人の日で全国的に休みだが、いまどきの大学は年間コマ数を確保するためによく授業を入れる。人から言われて予定表を見直したら、次の月曜は休みだった。あやうく知らずに出勤するところだった。

私は頭の切れるほうではないが、それにしてもひどい。自己分析するに、私の心には今「不安」と「恐怖」が前面にあって、その背後で日常の思考がいっしょうけんめい動いている。ただでさえ小さい私の頭の容量の多くを不安が占めているから、思考の糸がつながりにくい。目の前に人がいればいっしょうけんめい対処する。だがその時、他の思考や過去の記憶は糸が切れてつながっていない。

不安について書けば、酒は要注意だ。飲んでいる間は何もかも忘れて気分がいいが、問題は醒めてきた時だ。まだ何もかも忘れているが、しだいに正気に戻ってくる、その時に突然、えたいの知れない不安が襲ってくる。ここでの問題は、その不安が「えたいの知れない」ものだという事だ。収入が減るから不安だ、とか、人から傷つけられて心が苦しい、のような明確な対象がない。とらえどころのない不安。だからどう対処していいかわからない。半分はまだ酔っているから頭も回らない。ただ不安と恐怖だけが襲い続ける恐ろしい時間が続く。完全に醒めてしまえばこの状態はなくなる。ようするに、強い不安を抱えている時は、酒は注意しなければいけない。

私は今残念ながら上記のような精神状態にある。そこで、このブログ記事の中で私自身が苦しく思うものは削除するかもしれない。一番に白羽の矢が当たるのは谷山浩子の記事だ。前に書いたが、私はこの曲を聴いて自分の不安を勝手に増大させてしまった事があり、心が「もう聴いちゃ駄目だ」と叫んだ。それを押して記事にしたが、ここまで自分の心が弱くなると、「不安につながるものをひとつでも目の前から取り除きたい」という切実な衝動が起きることがある。

もともとネット上の情報はいつまであるかわからぬもの。もしも削除した時はご容赦願いたい。

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リストラ通告で初めて、自分にとって大切でないものを知った [非常勤講師外伝]

「失った時に初めて、何が大切かがわかる」という言葉がある。普通はこれは、大切なものに気づくという意味で使うが、それが大切じゃなかったんだと気づく事もある。今日は最終的にそういう話になる。

先日、リストラの通告があった。大学の非常勤講師として働いている私は、その日、講師控室で授業の準備をしていた。すると事務関係の古株の人が顔をのぞかせて、「ちょっとおいでいただけますか」と言った。この時点でコマ数が減らされるのだとは思ったが、現実は時に人の予想を超えるものだ。狭い談話室に入り、その人が言うには、来年度の新入生が定員の6割しか集まっておらず、学校の経営が厳しい状態になったので、私の雇用契約を本年度までとしたいとの事だった。今までにも色々あったので、コマ数が一度に2コマ減るくらいの事はありうると思っていたが、雇用契約そのものの更新打ち切りは予想していなかった。

私はこれまでに、あの、あらゆる学校で一斉に非常勤のコマ数を減らしだした年以来、色々と経験したり聞き知ったりした。そこで、上の事を言われてショックを受けながらも、瞬時にどの手で行こうかと考えを巡らせた。事情から察して真っ向から抵抗しても心情を吐露して叫んでも解決策にならないと思えた。そして、以前にある職場で行われたらしい団体交渉の結果が頭をかすめた。その手で行く事にした。私は言った。「私は専任の職をもっていないので、この非常勤の職で生計を立てています。突然に雇用を打ち切られると、4月からの生活が成り立ちません。段階的にコマ数を減らす事はできないでしょうか。たとえ1コマでも仕事を残していただければ、私はその間に新しい仕事を探す事ができます。」実際のところ、このご時勢で新しい仕事が見つかるかどうかはわからず、だから実際にはとにかく仕事を探す努力をするという事になる。でも私の戦略で重要なのはそこではない。1コマだけ仕事が残ってもその収入でどうにかなるのかという事も、今回の戦略の重要事ではない。私はその場の話から、どう足掻いても現状では雇用契約の更新を取り付けるのが精一杯だと感じ取っていた。だからそれ以上の高望みをせず、論点を契約更新に絞って死守したいと思った。契約が更新されるのとされないのとでは雲泥の差があるからだ。卑近な例を挙げるならば、仲違いした夫婦やカップルも、その関係を続けている間は将来的に持ち直すかすかな希望があるが、別れてしまえば一縷の望みもなくなる。その考え方だった。先方、つまり事務方の古株は、そういう決定はその人でなく学校の経営陣が決めるので即答は出来ないとの事で、話の続きは後日に引き伸ばされた。

その日のうちに他の人から補足情報が私の耳に入った。この時期に非常勤の契約更新打ち切りの話が出るのは、実際の打ち切りの何ヶ月前までに本人に通告しておけば学校側は法的に責められずに済むという事情があるかららしい。しかしその結果、その何ヶ月前の時点での次年度新入生数の予測に従って学校側は動き、その時点で事態が思わしくないと、仮にその後事態が好転したとしてもそれは関係なく、この時点で早くも非常勤には更新打ち切りの通告が来てしまう。

この学校は小さい。小さいから社会の不景気の煽りもマンモス校より強く受け、何かあると学校自体が社会に振り回されやすいから、その下で働く非常勤はさらに振り回される。ただし、小さいから学校が何を考えているのか、どんな風に必死なのか、どこで馬鹿をやっているか、どこは頑張っているかが伝わってくる。その意味では愛すべき職場なのかもしれない。マンモス校だと、そのへんの動きが見えない。何もないうちはマンモス校のほうが自由に授業を行えるが、ひとたび何かあると、何だか納得できないような理由付きで通告が来たり、先方と話をしたくても話をすべき学校経営陣が通告者のはるか背後に存在して非常勤からまったく見えなかったりする。(それで団体交渉という形が生じるのだな。)

閑話休題。この日の事務方の古株との話は授業前だった。それは良かったのか悪かったのか。悪かったのは、後の授業に集中するのが難しかった事。心の中にはつい先ほどからのショックと不安が渦巻いているのだから。良かったのは、その日に会う人々の顔を見ながら、「この人に会うのも本年度までかもしれない」と思った事だ。いつもならば授業準備の合間に儀礼的に挨拶を交わすだけの人たちも、そろそろ見納めとなると感慨深い。この人はどういう人だったっけ。今までにどんな事があったっけ。もちろん教え子もだ。無意識にも、いつもより親身になって話ができる。

そして改めて思った。ずっと前から思っているように、学校でまともなのは経営陣や講師のような大人ではない。学生たち子供のほうだ。大人には「大人の事情」という全くもって綺麗事でない嫌な事情があり、それに振り回されて経営陣は講師を苦しめ、苦しめられた講師はたとえそうしたくなくても、無意識でも、自分の苦しみの分だけ学生に影響を及ぼす。今日も授業の後で学生数人が話していた。「この学校は先生が悪いんじゃない、学校のシステムが悪いんだ」と。私はこれを聞いてぞっとした。20年も前の学生の中にはこういう問題意識をもつ者もいたが、今どきの学生はもっと能天気だ。その能天気な学生の口からこんな言葉が出るとは、嫌な「大人の事情」が経営陣から講師へ、講師から学生へと漏れ出ている証拠ではないか。こんな学校にした経営陣も講師も、ろくな大人ではない。たとえ医者がこの人は健康ですと言ったとしても、明らかに病気だ。「大人の事情」に振り回され続けた挙句に末期症状にまで至った人間たちだ。以上の理由により、教師が学校のために粉骨砕身、その身を削って働くというのは、間違っている。だからといって、いい加減に働けという意味ではない。問題は、「誰のために粉骨砕身、その身を削って働くか」だ。言うまでもないだろう。教え子のためだ。

教え子、つまり学生たちは、すばらしい。前々からこのブログに書いていると思うが、非常勤講師としての私にとって、いつの時代でも変わらずに愛すべき存在だったものはただひとつ、教え子だった。学校法人は愛するに値しない存在だった。私が私を雇ってくれる学校に感謝しても、学校にどうやって貢献しようかと誠心誠意行動しても、結局学校にとってそれはどうでもよかった。私の誠意を学校が知る事はなく、逆に私が出席カードをばらまいているという嫌疑を私にかけ、経営難になると私に何の落ち度もないのにコマ数を減らし続けた。毎年学生が授業を評価するようになっても、学校は評価の高い授業を目に留めるわけではなかった。学生による授業評価は学校にとって、健全な運営をしていますという外部へのアピールでしかなかった。しかし学校がどんな状態の時も、いつも教え子だけは立派だった。学生による授業評価が始まった頃、実は私は心配だった。学生が正しく授業を評価してくれるだろうか、特定の「悪い」教師の妙な誘惑または圧力で評価を変えてしまうのではないか、と。しかし実際に始まってみると、その心配は無用だった。評価が不当に低いケースは非常に少なく、大抵は学生は授業をよく見ていた。良い所は良いと、悪い所は悪いと、授業の内容が反映する結果が返ってきた。

年配の教授者の中には、そんな教え子をまったく見ていない人もいる。あるマンモス校では、その内部には今でも数十年前と同じバカデミストの空気が渦巻いている。教授たちは口を開くと「今どきの学生は出来が悪い」としか喋れない馬鹿ばかりだ。実際には教え子の出来が良かろうと悪かろうと、それを導き上達させるのが「教師」の役目だ。ところが馬鹿教授は、自分がふんぞり返って言いたい事を言い、それについて来た学生は出来の良い学生、ついて来られなかった学生は悪い学生という頭しかない。それははっきり言って「教師」ではない。自分のレベルを中心に考える事しかできない人、教え子の目線でものを考えられない人は、他人に何も「教える」事ができない。それなのに自分は教師だと思い込んでいる。いやそれどころか、自分は正しい教師だと思い込んでいる。これ以上学生を傷つけるな。早く辞めてくれ。でもそういうのに限って辞めようとしない。私はこの大学の将来を見限った。

私がいま講師として教えている学問分野は、実は私の得意分野ではない。だからその分野で論文を書くのも他人より苦手だし、とりわけ面と向かって議論するのが他人より苦手だ。どうして得意分野でもないのに講師になったのか。それには大きな理由がある。私がまだ大学院生だった頃、まさに上に書いたような、自分のレベルを中心に考える事しかできない教授の授業を受けた。私は出来が悪く、それは私自身も認めていた。でも毎回の授業をなんとかしなければならず、恐怖におののきながら毎週必死で頑張った。それでも出来の悪い人間のやる事は、時には頑張ったと言いつつも逃げてしまい、時には大学院書庫で外国語書物を何十ページもコピーして辞書と首っ引きで頑張ったものがほとんど的外れだったりと、効率が悪かった。今考えても、私はこの分野で能力がなかったと思う。では何が講師になった理由なのか。私がどんなに頑張っても、教授は自分のレベルからけっして動こうとしなかった。いや動く方法を知らない人だった。口から出る言葉がどんなに私を傷つけても、自分と私との距離を縮める方向で対話しようとはしなかった。初め私は自分が悪いと思っていた。出来ない自分が悪いと。そして頑張って、頑張って、自分にはこれが限界だと思う勉強をした後で上から目線で不出来を非難された時、ようやく気づいた。頑張れるだけ頑張って駄目なら、もはや私は悪くない。となれば、悪いのは教授のほうだ。私が出した結論は次のものだった。「教授、あなたは立派な研究者だ。だが断じて教師ではない。私が教師になって、教師とは何かを体現してやる。」それで私は教師になった。

話がずいぶん逸れたかもしれない。そろそろ話をまとめよう。私は最初に書いた。「失った時に初めて、何が大切かがわかる。」普通は、大切なものに気づくという意味で使うが、それが大切じゃなかったんだと気づく事もある。最後に、私にとって大切じゃなかったと気づいたものの話をしよう。上に書いたとおり私は自分から教師になったが、好きな分野で教師になったのではない。むしろその分野での出来ない人間が、教師になりたい一心でやってきた。そこでひとつの問題が生じた。いまだに、この分野が好きな専門家の中では、私は出来が悪い。授業は得意なつもりだ。それどころか、どうやって良い授業をしようかとばかり考えながら今までやってきた。しかしひとたび授業を離れ、専門家の中に入って話すとまるで別世界のように厳しい。2011年にはついに、私が教師として認めない古狸にその件で私が批判されてそれがトラウマとなり、その症状が改善する事なく突然叫んだり古狸にたいする殺人衝動が起きる話はこのブログの複数の記事になっている。私は恐い。何が恐い。実は回りの専門家ほど私は出来が良くないのがばれるのが恐い。今までずっとそうだった。しかし今回リストラされた。リストラされて学校という職場から放り出されると、恐くなくなる。私からは大切な授業も失われるが、それと同時に専門家の中に入って話す機会も失われる。私が他の専門家ほど出来が良くなくても、それは一気にどうでもよくなる。意外なほど一気にどうでもよくなる。なぜ今まではそんなに恐かったのか。非常勤でこつこつと授業をこなす限りは、何の問題もないではないか。そう、私は「もしも将来専任になったら」と考えていた。専任になったらたくさんの人と話をし、対等に渡り合わなければならない。授業にかんしてなら対等どころか優位に立つ自信がある。しかし回りの人が考えているのはたぶんそれではない。専門家としての話なのだ。だから恐かった。ところがどうだ、実際には専任どころか、非常勤の職も失われようという現実。今まで、「大切なのに自分は出来が悪い」と苦しんできた専門分野は、いざ現実に直面すると、どうでもいい物になろうとしている。そもそも学校自体が末期症状の大人の集合体だ。これもどうでもいい。もしも数十年前の私がこの未来を知っていたら、つまり専任になる事はなく非常勤の職が先細りで終わるだけだと知っていたら、私は数十年もこの件で苦しむ必要はまったくなかった。今まで非常勤講師として授業をしていて、私の専門分野の不出来で不都合があった事は一度もない。同じくそれが理由でコマ数を減らされた事も一度もない。コマ数が減るのはいつでも私の努力や技量が何も関係しない理由、学校側の経営不振だった。非常勤でいる限り、私は恥ずかしがる必要のない立派な教師だったのだ。私は仕事を失う事で初めて、自分が数十年来もち続けてきた苦しみが実は不要なものだったと知った。専任にさえならずに済めば、何の苦しみがあるものか。末期症状の集団であり、愛すべからざる学校のために身をすり減らす専任に、私はならずに済む。

さらに言えば、私はすでに完成していた。私にとって大切だったもの、失って再認識した大切なものは、教え子だ。その教え子のためによりよい授業をし、大学院生時代の教授を見返してやるという私のライフワークは、とっくに完成していた。非常勤講師の仕事を失う事で、ようやく私は、自分にとって本当に大切なものに向き合い始めている。他人の目を気にして心配したり苦しんだりする馬鹿馬鹿しい大切でないものではなく、自分が今まで生きながら心の心棒として保ってきた大切な教え子への思いに。

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無題 [非常勤講師外伝]

人生にはなぜか、運のいい時悪い時がある。それは多くの人が認めるだろう。科学的根拠のない運勢占いの類を除外しても、それでもなぜか幸運不運は確かに存在する。それは個人にだけでなく、個人の集まりである全体にもあてはまるかもしれない。

私の同僚のひとりが、このところずっと虚無感に囚われていたと言った。また別の同僚は、もう息切れがしそうだと言った。彼らが具体的にどんな事情で、何に対して虚無感や息切れを訴えているのかは知らない。わかるのはただ、それが仕事に関係する何かだという事だけだ。そして私も、彼らとは別の事情かもしれないが、私個人の事情で苦しい年末年始を過ごした。あまりの苦しさに、普段なら自制して書かないような記事を書いたりもした。そうやって何かに打ち込んでいないと、どうかなりそうだった。

自分がもっとも苦しかった時は気づかなかったが、いま考えると私も同僚もみな苦しんでいる実情には、偶然で片づけられない何かを感じる。私個人でなく、私を含む仕事仲間の集団に不運の時期が訪れているのではないか、と。それが仕事内容や給料の変化という物質的な事でなくても、精神的に追い込まれるだけで人は十分に不運になる。

こういう時の対処法はどうだっただろうか。私は今までの人生経験から考える。基本的には、ひたすら耐える。不運の波が去るまで耐える。それがどれだけ続くのかは不明だが、今感じているどん底感が一生続くわけではない。それを私は人生経験から知っている。そしてまた、自分の同僚たちも苦しんでいると知ったからには、そのことを常に思い出そう。辛いのは自分ひとりだと思わないことだ。

雇用ハラスメント [非常勤講師外伝]

新年度が始まり、大学へ行った。そこですぐに本年度の雇用契約書を渡された。それと同時に、担当クラスの詳細が渡され、授業が一部無くなる見込みだと通知された。雇用契約書には今年何コマ担当と書いてある。それと同時に渡された書類の実コマ数はそれより少ない。あえて言うが、これを読んで変だと思わない人は変だ。

それらと同時にハラスメント関係の資料も渡された。最近はどの学校でもハラスメントに神経を敏感にしている。セクハラ、アカハラ、職場によってはアルハラも関係する。その事情はもちろんおおかた知っているが、職場は何か勘違いをしているんじゃないか。誰が誰にハラスメントをしているって? 何コマ担当してくれと言っておいて、やっぱりコマ数減りましたと訂正する。これを毎年毎年続けるのは、立派な雇用ハラスメントだろう。

なるほど世の中まだまだ不景気で、それに加えて学校には他の職場にない問題もあるから、コマ数そのものが減るのをどうこう言えないのが現状だ。しかし私が言いたいのはそれではなく、雇用契約時のコマ数が信用できず、契約締結後に授業が減る可能性が毎回必ず存在するという雇用システムは、それ自体に問題があるのではないか、何かを改善すべきではないかということだ。学生減などの事情から一律にコマ数が減るのとは意味が違う。そして、そんな不条理な、システムと呼べないシステムのために、「本務校がなくそこを主たる収入元としている非常勤」は余分な生活不安に怯えなければならない。やめてくれ、ということだ。

もうひとつ。職場は気づいていないことがある。職場にハラスメントされて不安から心を病み収入減から暮らしぶりも変わった教員が学生に接して、良い授業・良い人格育成ができるのか。教師はさすがに雇用関係の話を学生にしないが、話が授業に関係すればそうも言えなくなる。たとえば今年はカリキュラム改編により、2つの授業の履修者が同一人物なのか別人なのかわからないまま教科書を決めなければならなかった。つまりそういう詳細は事前に通知されなかった。いざ初日に行ってみると同一人物とも別人とも言えない混成クラスで、そんなことは今まで一度もなく予想は不可能だった。教科書の矛盾を解決するさいに私は学生を前にして事情を説明しなければならなかった。これは他の誰でもない、職場が自分で撒いた種だ。職場は教師に影響を与え、教師は教え子に影響を与え、それが負の影響ならば結局教え子の親は学校に噛みつく。誰一人として悪気がなく悪事を行わなくても、現状のシステムがこれでは近いうちに職場は自分の撒いた負の種を自分で収穫することになる。

雑談 [非常勤講師外伝]

この時期は大学で試験がある。私は運悪く足を怪我してしまい、学校まではびっこを引きながら行ったが試験監督で長時間立ちっぱなしは勘弁していただき、監督は私を補助してくれる事務の方にお願いした。私は空いている椅子に座って後ろから学生を見ていた。試験の後、事務の方が私に言った。「不正行為をしているらしい学生がひとりいました。」そして事務の方みずからその行為を真似して見せてくれた。それによると、股の間にカンニングペーパーを挟み、こそこそ出しては見ていたらしい。「でも証拠がないから」と事務の方は言う。私は心の中で苦笑した。だって、カンニングの話を聞いてしまったら教師は立場上何かしなければならないが、この場合何もできない。事務の方ご自身が「証拠がないから」何もできないとお考えなら、いっそのことカンニングの件は事務の方の胸に仕舞っておいてくれればよかったのに。

でも、それは今回の本題ではない。それに今回の話は真面目くさったカンニング撲滅運動の話ではなく、ただの馬鹿話だ。私は後から考えた。このカンニング学生はどうやら女子学生だ。試験会場にいた男子は2人だけで、ひとりはカンニングしたとは思えないほど残念な点数、もうひとりは恐ろしく真面目な学生。昔の漫画や若者向けドラマでは女子高生がスカートをめくって太ももに書いたカンニングのメモを見るというのがあったが、今回のカンニングペーパーを股の間に挟むというのも考えたものだ。その場所は、男性教員が手を出せない聖域、いや性域だから。まさか「ちょっと君、そこに何か隠し持っているだろう」と言いつつ女子学生の股に手を突っ込むわけには行かないだろう。そういうことをすると、次年度には掲示板に「先生は一身上の都合により退職されました」とかいう掲示が出るぞ。おまわりさんも来るかもしれない。

カンニングについては教員各人がみな別々の意見をもっているに違いない。私は、カンニングについては昔からあまり教師らしい意見をもっていない。つまり、カンニングしてる人がいますと報告されるのは迷惑だと感じる人間だ。考えてもみてほしい。非常勤でも数年後には専任になれると約束されていた時代なら、もっと教師らしい考えで不正行為に向き合っただろうが、今は非常勤が専任になれないのが当たり前の時代で、それどころかいつまで非常勤職を続けられるのかが毎年気になる時代だ。コマ数が減らされた結果、年収はまるで冗談のように少額になった。こんな非常勤に、カンニングのようなあまりにも低レベルの出来事にいちいちつきあう義理がどこにある。どうせ仕事をするなら、私はカンニングする雑魚のためではなく、真面目な学生のために力を尽くしたい。

非常勤が学校に言って欲しい言葉 [非常勤講師外伝]

春になると、私立の多くの大学では全校教員が集まって年度始めの会を開く。その時期は学校によって4月だったり5月だったり色々だ。私はここ数年は出席している。それは職場に忠誠を誓うためではない。自分の非常勤という立場が職場にとってどういう位置づけなのか。自分は何を求められ、何は求められていないのか。来年度の継続雇用の見通しはどうか。それによって身の振り方を決めなければならない。不必要に職場に反感を抱くことも、不必要に職場のために尽くして体を壊すことも、好ましくない。だから出席して状況を判断する。

大学冬の時代が始まった頃に比べると、依然として(それどころか去年以上に)状況が悪いとしても、学校側のパニック状態はすでに収まっている。日本高等教育評価機構の査察が入り、恐らくは目を白黒させながらも、それに対応し審査を通ることでむしろ自信と威厳を取り戻したかのようだ。

さて春の全校教員の会で近年目立つ言葉は、全校教員が一致団結して冬の時代の学校を支えてゆこうというものだ。実際の表現は多岐にわたる。「学校の現状にたいする教職員の危機感が少ないと言われています。」非常勤の場合、複数の職場をかけもちしなければ生活費を稼げない。つまりひとつの職場から得られる年収は生活を維持できない額だ。年収60万円でも、お世話になっているのだから自分に与えられた仕事は一生懸命やろう。でも危機感については、学校の現状にたいする危機感よりも先に自分の生活にたいする危機感をもつのが当たり前ではないか。

学校が教員に学校の現状にたする危機感をもてと言うなら、学校も教員の現状にたいする危機感をもってくれ。私は今まで、学校側から雇用継続にたいする真摯な言葉を聞いたことがない。学校側は我々に学校の事を考えろと要求だけはして、非常勤がどんな生活不安を抱えているか、自分たちが非常勤を年給に換算していくらで雇っているのかは恐らく考えたこともない。そして毎年春になると、それまで一緒に働いていた非常勤が数人消えている。その中には栄転の場合もあるが、契約期間満了に伴うさよならもある。こんな現状で非常勤を本当に学校組織に取り込んで一致団結するつもりがあるのなら、学校にはある言葉を言って欲しい。

「非常勤のみなさんが生活に不安を抱いているのは知っています。学校側でも安易に切り捨てることはしませんが、この冬の時代にはやむをえない事もあります。その時には真摯に事情をご説明しますので、ご理解ください。」

たったこれだけの言葉を言われただけで、欧米人はいざ知らず日本人はずいぶん心情的に変わるものだ。そして学校はこの言葉を明言したために「安易な」切り捨ては出来なくなるし、「事情をご説明」する義務が生じるために幾分かの透明性が確保される。しかも私のこの提案は学校にとって有利だ。学校はこの言葉を毎年年度始めに言うだけでいい。雇用継続を私は強要していない。でも学校はそれすらしない。いや、恐らく頭の隅に思い浮かぶことすらないのだろう。今の学校は非常勤を見ていないと思う。自分は相手を見ていないでおいて、学校の事を考えろと主張だけするから、学校側の言葉はどうにも現実感のない空回りに終わる。

私は春の会で学校側の話を聞いていると、毎年違和感を覚える。「教職員は一致団結してやってゆこう」というその「教職員」が、どうも自分の現状とずれている。まるで、話が自分に向けられていないような。ここまで考えて毎年ハッと思い出す。この会は全校教員の会だ。専任教員がたくさん来ている。会の話が専任教員にだけ向けられていると考えれば、すべて納得がゆく。こう言うと学校側はおそらく次のように返答する。「専任だけということはありません。非常勤の先生方にも一致団結して学校のために尽くしていただかなくては。」だから私も言い直そう。会の話は専任への訴えかけに主眼を置き、非常勤にも同様のことが「その役職に相応した程度に」求められる。「非常勤はもちろん学校の組織の一員です。でも組織の末端なので、組織はあなたがたのことを意識している余裕がないんです。でもそのかわりに、あなたがたに多くのことは求めません」という意識が伝わってくる。

ここ数年の春の会での私の印象は、「非常勤講師は依然として蚊帳の外」というものだ。

非常勤講師外伝(18) 最近思うこと [非常勤講師外伝]

周知の通り、教員免許状は生涯有効ではなくなった。すでに免許を取得済みの教員の場合、10年ごとに教員が講習を受け、資格を更新しなければ教員免許は効力を失うことになる。免許の更新日は、各人の生年月日により決まる。文部科学省のHPでそのことが書かれている部分は、今のところここだ。もちろん将来的に変更になる可能性はある。

これについての反応は教員各人でまちまちだろう。早くも講習を受けようとしたが定員オーバーで受けられなかった人もいれば、そもそもなんでこんなことをするのかと憤っている人もいるだろう。さて、私が考えているのは、私が免許を更新する時まで私が職を失わずに教員でいられたらいいなあ、そうでありたいなあ、ということだ。万一クビになっていたら、教員免許は不要なのだから。そして学校は私の失敗を責めてクビにするのでなく、私がどうであるかに関係なく学校の事情でクビにするということも、今までの人生でよくわかった。更新の年が近づいて、その時まだ職を失わずにいたら、その時に初めて更新について考えるべきだ。残念ながらそれほどに、先のわからない世の中になってしまった。

文部科学省は教員免許状の更新についてしか関知しないから、教員がいつまで職を失わずにいられるかなど知ったことではないだろうし、知識人がこの件で発言する時にも主題を絞り込むから、その発言内容は教員免許の更新がどうかであって、個人がいつまで教員でいられるかなど話に出るはずがない。私にはそういう周囲の様子がそもそも絵空事に思える。教員の質を保ちたいなら、講習を受けさせるよりもまず、教師が教育に専念できる環境を作るように動き始めてくれ。

私個人は、なるほど講習には意義があると思うが、それが有効なのは「教員」という複雑な人間存在のただ一局面にすぎないと思う。その他のかなり多くの局面を形成しうるのは、教え子そのものだと思っている。今回のテーマには場違いな喩えになるが、ある漫画があった。藤田和日郎という漫画家が描いた「うしおととら」というものだ。その中に確か、「俗に『人一人斬れば初段の腕』という。」というような一行があった。私はこれが忘れられない。人斬りといっても物騒な話ではない。槍の扱い方の話だ。書物で学ぶのも、道場で稽古するのも、大事なことだ。しかし一度実戦を経験すると、書物や稽古を飛び越えて何か別のものを得られる。教職も同じだと思う。教え子に好かれ、嫌われ、良いことをし、悪いことをし、もちろん出来る限り嫌われたくはないし、悪いことはしたくないのだが、人生には色々あり、それが教員を育てる。これは講習では得られない。

話は変わるが、最近同業者から色々な話を聞いた。私自身が無知なので、この件については明確に表現することも正しい用語を使うこともできないことをお許しいただきたい。お上が個々の学校の事情をチェックしているのは前から知っていた。でも細かいことは知らない。第三者評価という段階まで来ているらしい。私や私の同業者は大学の非常勤なので、話は高校でなく大学のことになる。昔は大学といえばアカデミックな場所で、その評価もアカデミックな研究業績に目が向けられていたものだが、これが日本の大学の事情に合わないことは文部科学省も察しているようだ。最近は教育機関としての教育内容が評価されるようになってきたらしい。大学生が4年間で学べる限度が、アカデミックなレベルとしてそれほど高くないという現実の認識も関係しているようだ。研究業績は門外漢にとってチンプンカンプンで、第三者による評価は結局質より量になるという周知の問題点があるが、それと似て、教育内容の質も果たしてどう評価して良いのかは難しい。たぶん明確なガイドラインなどないだろう。でもお上から睨まれると学校運営が危ういから、みんな一生懸命自分なりに「こんなことやってます」とアピールする。教育学や教授法を専門にしている先生は、今こそ我が出番というわけで学校に進言することもあるだろう。それはもっともなことだが、他の教員には厄介事が増えるだろう。学問としての教授法は、えてして現場の個々の諸問題にはお構いなしで、大上段に振りかぶった大枠に個別のケースを嵌めたがるからだ。それでなくても人間は十人十色、教師も教え子も個性いっぱいなのに。とはいえ、私はこれらの件についてまったく批判を持たない。今は静観している。それに、動きとしては悪くないと思う。大人数を巻き込んだ動きになかなか実が伴わないのは、世の中の常なのだから。少し様子を見ようではないか。

思考が噛み合わない時 [非常勤講師外伝]

今回の状態が数日前にご報告した苦しみと直接関係しているのかどうかは、何ともわからない。だから数日前の件とは切り離して書こうと思う。

昨日、私は思考が噛み合わなかった。それがどういうものだったのか。そういう時にどうすれば良いのか。自分のための備忘録として書くと同時に、他の講師の方にも参考にしていただければ、と思っている。

講師室でプリント枚数の確認をしたのに、いざ教室で配ると足りない。そういえば枚数の確認時に名簿を見ずに記憶を頼りにしたが、ちゃんと名簿を見るべき所でなぜかそれをしなくても良いと思い込んだ。そのせいで枚数を間違えたかと思いつつ、その時ハッとした。私は1年で配るべきプリントを2年で配ってしまったのだ。そりゃ枚数が合わないのが当たり前だ。これも、何の違和感もなくこのクラスでプリントを配るんだと思い込んだ。ようするにまるで駄目状態だった。

こう書くと、読者の方は授業そのものがカオスになったのかと思われるかもしれない。でも講師歴の長い方なら推測できるだろう。長年やっている授業内容は体に染みついており、たとえ眠りながらでも授業できそうなほど慣れている。問題は、クラス別に異なるプリントを配るとか突然の質問とか珍しい例文とか、その場その場で個別に対処しなければならないもの。そういう時に心身の状態が影響する。

今回の状態は、いわゆるボーッとしているのと行動結果は似ているが、中身は少し違う。何も考えずにボーッとしているわけではなく、本人は一生懸命だ。でも頭の中が噛み合っていない。ボーッとしているのならば、ハッと気づかされれば正気に戻るが、今回の状態は十二分に気をつけないとどうしようもない。これを直すには、とりあえず一晩ぐっすり眠ることだ。

でも始まってしまった授業を何とかする必要がある。一晩ぐっすり眠るのは間に合わない。昨日の私は、授業が進むうちにあることに気づいた。

その1、物理的に気をつけよ。「プリント枚数は足りているかな、ええとあのクラスは何人だから・・・」ちょっと待て。物理的に帳面を開け。物理的に目でクラス名を確認し、その人数を確認せよ。「授業中の時間配分。授業はあと何分くらいだろう。ええと、まあ適当で何とかなるだろう・・・」ちょっと待て。物理的に目で終業時刻を確認し、物理的に時計で現在時刻を確認せよ。思考が噛み合わないボケ状態では、その普段やっている単純な事が気をつけなければできなくなっている。

その2、自分が心から大事にしているものに打ち込むと、思考はまとまってくる。私の場合は教え子にどう教えるかということだ。教え子の状態は時により様々だ。やる気のある時、やる気のない時、前の授業で苦しめられた時、何かあったらしくてやたらとはしゃいでいる時。それを観察し、見て取り、やる気のある時にはどんどん進み、苦しんでいる時には楽しいものを見せたりやらせたりする。それが私の生きがいだ。そのために私は教え子に集中しなければならない。そして教え子のために考えなければならない。この思考、いや指向が、頭の中に一定の方向性を持たせる。頭の中のピントが合い、バラバラになっていた思考がまとまってくる。とはいえ、今の自分がボケボケ状態だということを忘れてはならない。あくまでも応急処置だ。今やっている授業で100%の力は出せないと思ったほうが良い。そして帰宅後にとにかく一晩ぐっすり眠ることだ。
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