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データ増量キャンペーン [手記さまざま2]

私は9月30日に初めてUQモバイルの「データ増量キャンペーン」を使ってみた。つまり、データチャージ2x500MBをして、それが無料のはずだ。月ごとにデータ増量ならば、10月1日にまたデータチャージ2x500MBをしても無料のはずだ。でも私にとっては初めて試すものなので、念のために9月分の料金請求が来てから10月のデータ増量を試そうと思った。

UQモバイルの料金請求は10日ごろに来ると、どこかのサイトに書いてあった。私は10月10日を待った。待ち遠しかった。昨日やっと10日になったので、10時ごろと、昼過ぎと、18時にmy UQ mobileサイトにログインした。とうとう料金請求は来なかった。10日「ごろ」ということは、11日かもしれないし12日かもしれない。私は待った。11日は午前中忙しかったので、気がつくと昼過ぎになっていた。いま確認したが、「データ増量キャンペーン」の名目で-1,000円になっていた。今月からはこのタイミングで無料のデータチャージ2x500MBをしよう。

ところで、PC用のADSLが超低速になったからといって、スマホのテザリングでPCのネット接続を済ませるという案は、無茶だった。テザリング時の通信速度は素晴らしく、問題ない。ただ、データ使用量がどんどん増える。映画のような動画を見まくっている訳ではない。特定のキーワードでとことん検索し、テキストデータをメインにチェックするという使い方が主だが、毎日のネット検索は予想以上に通信量があるらしい。

低反発マットレスは電気毛布が使えた [手記さまざま2]

煎餅布団を2枚重ねて一晩寝てみた。腰が痛くて寝返りをうつたびに目が覚めた。新しい布団を買わないとどうにもならない。若い頃は、体が痛くても平気で煎餅布団の上に寝ていた。今は特定の敷布団でないと腰痛で眠れない。年をとるというのは恐ろしいことだ。

低反発マットレスは電気毛布が使えないので冬用に新しい布団を買うしかないという話を親にした。親は、電気毛布が使えないという話を私から聞いたと言った。いや私はその話を親から聞いたのだ。確認しなければならない。取扱説明書を読むと、電気毛布が使えると書いてあった。何てことだ。低反発マットレスを買った時からずっと電気毛布は使えないと思っていた。

とにかく電気毛布は使える。新しい敷布団を買わないで済む。

それから1日が過ぎ、私は今度は低反発マットレスで寝た。ぐっすりと眠れた。煎餅布団2枚の時は、朝起きると、腰痛で何度も目が覚めたことしか思い出さなかった。低反発マットレスでは、朝起きると、いくつも夢を見たことを思い出した。夢の中で私がどこかの学校の生徒会長に当選した。私が立候補したわけでもないのに、誰かが勝手に推薦し、勝手に決まっていた。いい加減な学校だ。次の夢では、部屋の中に猫の親子が入ってきた。親猫は私を威嚇した。私は出口を開けて逃がしてやったが、出口の近くにいた子猫だけが出て、親猫が取り残された。と、思ったら、親猫がメガネザルになっていた。しかも、外から自転車で部屋の中へ入ろうとしたおばさんとの会話では、タヌキと呼ばれていた。

テスト送信 [手記さまざま2]

今回の動画は無謀でした。20分を2分に縮めるものではないと、よくわかりました。この動画を見ると、ジェットコースターを嫌いな人が無理やりジェットコースターに乗せられた時の気分を味わえます。今後は、こういう無謀はしません。BGMは前回と同じです。

エンコードの質を落とした結果、画像がぼやけるあまりに奇妙に見えるシーンがあります。動画の中で黒い斑点が映る異様なシーンは、道端に生えているブラックベリーです。ジャムの材料にする、あれなんです。けっして異様な物体ではないんですが。いやはや・・・。

昔大好きだったBGMに乗せて [手記さまざま2]

今よりは若く、今よりは体が動き、(正しかったか間違っていたかは知らないが)今よりは心がまっすぐで、今よりも必死だった昔の自分を少し思い出した。人生に辛いことがあるのは今と同じだった。今の私は駄目になっている。さあ、どうするんだ、今の私よ。



いつのまにか、動画音声用領域が99.4パーセントまで埋まっていた。新たな動画が入らないので、以前の動画を削除して84.5パーセントまで空きを復活させた。

うちのTOKYO MX受信不良、2日後とんでもないことがわかった [手記さまざま2]

事の起こりは敷布団の買い替えだった。

今年の3月、私は腰痛で寝られずに苦しんでいた。その時親がどこかのテレビ番組(ここが後で伏線のごとくに関係してくる)で低反発マットを見つけて買いたいと言い。なぜか私も買う気になって買ったところ、これが私の腰にとても優しく、それ以来私は安眠できるようになった。

何か月も過ぎて、今。寒い季節がまた訪れようとしている。低反発マットは電気毛布使用が禁止されている。私は電気毛布なしでは風邪をひいてしまう。つまり、私の腰にとても優しい低反発マットが使えなくなる。さあ困った。今ある敷布団はあまりにも煎餅状態で、腰に当たるクッション性がない。よくテレビでどこかの医者を名乗る人が、腰痛は煎餅布団に寝るのが良いと言うが、煎餅にも限度があるのだ。腰骨が床板に当たって痛くて眠れない煎餅布団もあると、その医者は知るべきだ。今うちにある物で工夫・解決しようとする私とは違い、親は布団を買ったほうがいいと言い始めた。

そして親がどこかのテレビ番組を見始めた。通販番組らしい。低反発マットもこの通販番組で見つけたそうだ。そんな番組をやるのは一体どこの局だろう。私は親に聞いてみた。すると親から驚きの答えが。TOKYO MX。そんな馬鹿な。TOKYO MXはもう1年以上前から映らないはずだ。でも親のテレビでは映っている。今だけでなく、低反発マットを買った今年3月にも映っていたのだ。いっぽう私のテレビでは、真っ黒の画面に「受信できません」だ。受信レベル7だ。

私は親のテレビで受信レベルを調べてみた。フジテレビは80以上。これは私のテレビと同程度だ。そしてTOKYO MXは59から60あった。他局のレベルは私と同程度で、どうしてTOKYO MXだけが違うんだ。私はこれから調べなければならない。理性的に考えよう。

親のテレビと私のテレビは同じUHFアンテナで電波を受信している。だからアンテナのせいではない。

アンテナから来た電波は分配器で2つに分ける。片方が親のテレビへ。もう片方が私のテレビへ。いちばん臭いのはこの分配器内部での接続不良か。

分配器から出たケーブルの片方はそのまま降りて壁の穴を通り親のテレビへ。もう片方は私のテレビへだが、アンテナから私の部屋までは離れているので、部屋の外壁をぐるりと巡り、窓まで来て室内に引き入れ、部屋の反対側にあるBDレコーダーに接続。2番目に臭いのはケーブルの長さだ。ただ、これについては2つのことを書かねばならない。1.少し前にスカパーのパラボラアンテナからチューナーまでのケーブルを、余分な線ぐるぐる巻き状態から不要部分カットしたが、気のせいほどの変化しかなかった。仮にケーブルを短くしてもどこまで改善できるか、私は期待していない。2.現在アンテナの場所を移動できず、BDレコーダーの場所も移動できず、最短コースにするために壁に穴を開けることもできない。何年も前に一度ケーブルをいじった時に、コードはすでに現状での最短にしてある。

電波がBDレコーダーに入った後のことは、今までに色々試したが改善がなかった。このへんの可能性は低い。


追伸
いまネット検索して、地デジのケーブルと減衰について少し調べた。いま使っているケーブルは太い。被覆を含めてだが直径5mmをあきらかに超えている。ただし古い。昔VHS受信に使っていたものだ。


巻き尺で測ってみた。

アンテナから昔の分配器らしきものまで
長めに見て1m(高くて手が届かないから目測)

そこから実際に使っている分配器まで
長めに見て1m(高くて手が届かないから目測)

分配器から屋内引き込みまで
およそ6m

屋内引き込みからBDレコーダーまで
およそ6m

全長およそ14mで、ネット上に書き込みがあった「35mは大丈夫か」という話に比べれば長さ的には問題ない。ケーブルの太さも問題ない。問題があるのはケーブルの古さと、昔の分配器らしきものを付けたままにしていることだ。

なぜ付けたままかというと、高くて手が届かないからだ。本当はケーブル交換を考える前に、UHFアンテナの近くにある使っていない分配器らしきものを取り去ることを考えるべきだ。それはわかっているが、高くて手が届かない。この分配器らしきものを取り去ってアンテナから実際に使っている分配器までをじかに結線するには、アンテナが取り付けられているポールをベランダの物干しの太い鉄骨から取り外し、アンテナを手が届く所に置かなければならない。ところがポールを鉄骨に固定している金具が錆びついて動かない。

調べてみれば改善点は容易に見つかったが、実際に改善するのは難しい。ひとつだけわかっているのは、今日はここまでしか出来ないということだ。

夜だけ映るTOKYO MXの謎 [手記さまざま2]

ここ1年あまりTOKYO MXが映らない。「忍者マン一平」の放送時(最終回2016年5月)は問題なかった。その後で映らなくなった。映らなくなった時期からわかるように、電波の周波数がアナログ放送時と違うのは原因でない。確認したが、正しい周波数を受信している。電波の強さの問題に間違いない。NHKをはじめ、他の各局は受信レベルが80を越えている。ところがTOKYO MXは、さっき(19時ごろ)確認したら受信レベルが7だった。一桁だ。他局よりも電波が弱いのは理解するが、この差はどういうことだろう。

これだけなら、東京に住んでおらず、その近隣に住んでいるからサポート外なんだ、で終わる所だった。ところが、映る時もあると判明した。「忍者マン一平」の後、映らなくなってから、私は幾度となく受信を試みた。朝も、昼も、夕方も映らない。深夜には、映ることがある。色々な時間の番組を予約録画しておき、他が受信不良で全滅の中で、深夜アニメだけが映っているのを見つけた。受信レベル7でも映る・・・わけがない。夜中に受信レベルが上がったということだ。どの程度映っているのか、ブロックノイズはどれほど出るのかと気になり、30分通して視聴してみた。するとブロックノイズが一度も出ない。昼間の受信レベル7との違いの凄さ。

これがUHFでなければ、夜だから電離層の事情で映ると言いたい。今だって私はそう言いたくてうずうずしている。だって、他に夜だけ映る理屈が見つからないから。でも、地デジの電波は電離層を突き抜ける。夜だけ映る理由は今も謎だ。

部屋にござを敷いた [ここは地獄の3丁目]

今日は部屋に「ござ」を敷いた。今より寒くなったら体が固くなり、何もしなくても腰痛が出ることがある。そういう時期には、重い物を持って動き回るなんて、腰痛を持病とする私は恐くてできない。やるなら今しかなかった。

この「ござ」は、今年の始めに風呂の「すのこ」と共に注文したものだ。今住んでいる家への愛を示すために買った。ニトリに在庫がなく、品物が届いたのは2月半ばだった。その時には私は腰痛をはじめとして複数の病気で苦しんでいて、「ござ」は半年以上部屋の隅に置きっぱなしだった。それを先日やっと「ダニ退治」した話は、ブログ記事に書いたはずだ。

ダニ退治した時には、そのまままた何ヵ月も置いておくだろうと思っていた。今日ござを敷いたのは、腰痛になるリスクを気にしながらの事だった。なにしろ洋服ダンスを動かすから。

重い洋服ダンスの動かし方は、昨日ネット検索して調べておいた。段ボール、またはアルミホイル、または軍手だそうだ。段ボールがいちばん「ござ」に適していたが、惜しいことにこの前の資源ごみの日に捨てた。アルミホイルは「ござ」の縁の段差で破れてしまうと思う。軍手はうまい具合に数ヵ月前に叔母がいくつも送ってくれたので探したが、なぜかどこにも見当たらない。

だが、私の小さな脳ミソとかろうじて見える目で家中を見回しながら考えて、代用品を見つけた。世の中がまだ好景気だった頃に出版社が送ってきたデスクマットがあり、翌年も送ってきたので2枚もある。私はそれを見るたびに嫌なことを思い出すので捨てたいが、何の因果か親が気に入って使い始めてしまい、捨てられなくなった。それから何十年経ったか忘れたが、いつも私は「捨てる機会」を窺っていた。このデスクマットが初めて私にとって役に立つ。

部屋の物を動かす手順も昨日スマホに書き込んだ。部屋の収納ケースを退かしたその奥の押入れに冬物の服があるので、収納ケースを退かして「ござ」を敷きながら衣類の入れ替えもする。手順が大事だ。まず、冬物が入っている押入れの前に居座っている収納ケースを別室1へ移す。次に、洋服ダンスの中の夏物の服と引き出しを別室1へ移す。(別室1へは奥から順に物を詰めてゆく、つまり「先入れ後出し」「後入れ先出し」だから、この順番は大事だ。)そして軽くなった洋服ダンスを別室2へ引きずってゆく。古いござを剥がし、掃除機をかけ、新しいござを敷く。別室2から洋服ダンスを戻す。別室1から洋服ダンスの引き出しを出して洋服ダンスに戻す。さてここからが肝心だ。押入れの中に入っている冬物を出し、空の洋服ダンスに仕舞う。別室1から夏物を出して押入れに仕舞う。最後に別室1から収納ケースを出して押入れの前に戻す。実際には洋服ダンスの上にも物が乗っていたり、洋服ダンスと収納ケース以外にも物があったりと手順はさらに複雑になる。

全作業が終わる前に、すでに私の腰は自己主張をしはじめた。腰痛ではないが、嫌な感覚が腰にある。こうなると、翌朝起きたら腰痛になっていたということがありうる。だから、できるだけ早く作業を終え、風呂に入って腰を温め、今は腰を休めながらスマホでこの記事を書いている。今日はもう椅子には座れない。後で念のために腰に湿布薬を貼るつもりだ。

3つの話 [手記さまざま2]

このところ旅の宿の記事が2回続いたので、他の記事が書けず、実生活でもついつい旅の宿のネット検索ばかりをしてしまった。私はリストラされるまでに個人外国旅行を何回もしたので、泊まった宿はまだまだあるが、そればかりを毎日作業するわけに行かない。今日は軌道修正だ。

まずUQモバイルのデータ増量キャンペーン。私は今回初めて試すので事情をわかっていない部分があり慎重になっている。私の予想では、月末締めで計算されるので、ある月の末日に1GB無料で増やしても、その翌日つまり翌月始めにまた1GB増やせる。そう思っている。でももし私の考えが間違っていたら1000円+税を取られてしまう。10日ごろに前月の請求が表示されるそうなので、それを見て確認してから今月分の1GBを増やそうと思い、今はひたすらその10日を待っている。

次に腰痛体操。少し前にNHKのガッテンでやっていた。股関節から来る腰痛。股関節が曲がらなくなったので、そのぶん体を曲げる時に腰骨が曲がり、腰痛の原因になるというもの。私の場合、股関節が先か腰骨が先かは微妙だが、とにかく両方とも悪い。股関節は若い頃から大股で歩くと痛かったし、それでなくても歩いていて痛くなる日があったが、1年くらい前、しゃがむ時に異様に体が固いことに気づいてびっくりした。私の股関節は動きの悪い老人のように固くなっていた。それからというもの、夜布団の中で股関節を動かしていた。これはガッテン体操とはまったく別で、私が小さいころ好きだった事だ。寝ていて片方の足をまっすぐ伸ばし、もう片方の足の膝を曲げて横に開き、足の裏を伸ばした足の太もも内側にくっつける。すると筋肉が延びて「痛気持ちいい」。でもこれは腰痛改善にあまり影響しないように感じていた。そこにガッテン体操の放送。試しにそっちの体操に切り替えてみようと思った。ガッテン体操は3つあるが、3つめのスクワットみたいなのは腰痛の私にはできない。それ以外の2つをやっている。椅子に座り、両足の間を少しあける。両膝を離したりくっつけたりする。離した時にはがに股になり、くっつけた時には内股になる。これを繰り返す。もうひとつは、両足を少し開いて立つ。上半身をまっすぐ垂直に保ち、腰を左右に移動させる。上半身まっすぐだから、腰の左右移動につれて頭と視線が左右するのがちょっと感覚的に気持ち悪い。頭の位置を固定すれば気持ち悪くならないが、そうすると体は腰の動きにつれて「く」の字や「>」の字に曲がり、それでは駄目だという。
私はこの体操を続け、いつの日か腰痛が改善したかどうかをブログ記事で報告したい。

今回は複数の話を書いていて一貫性がないから、ついでにもうひとつ。先日テレビ番組表を見ていて、とんでもなく嫌な物を見つけた。7日の21時からフジテレビ系で、昔の連続幼女誘拐殺人事件の話題を蒸し返す。何か新しいこと、報道したいことがあるから放送するのだとは思う。が、思い出すだけで「思い出さなければよかった」と思うものすごい事件をまさか今になってまた地上波で取り上げるなんて、それでいいのか。私は何年も前にたまたま必要があってブログ記事の中でこの事件に触れたことがあり、自分の記事の内容に責任を持つために知識として見ておいたほうが良いのかとも思うが、でも心情的には見たくない。何の因果か、最近私は似たような思いを抱いた。自分が持っている映画音楽全集レコードの中にグレートハンティングという映画があり、この映画は当時、ライオンが人を食うという事で話題になった。上記の連続事件と同様にとんでもない事だ。で、当時テレビでその、人が食われるシーンをやった。地上波で子供も見る時間にだ。私は、ライオンが群がる中から人の足が上へ突き出ているのを今でも覚えている。私は自分の思い出にある物は、なんでも全て入手できる限りは入手すると決めた。私が言うところの「人生補完計画」だ。私は自分の信念に従う限りは、グレートハンティングの映像も手に入れなければならない。でも人が食われるのは見たくない。私はジレンマに陥った。ちょっと救いなのは、ネット上の情報によれば、グレートハンティングのあのシーンは「やらせ」だったらしい。突き出た足は、人形だったのだろう。それで私はちょっとホッとした。でも連続事件のほうは、やらせじゃない。実話だ。もちろんホッとできない。私は自分のブログ記事の内容に責任を持つために知識として見るべきか、それとも自分の気持ちに正直に見ざるべきか。あと数日、私は迷うだろう。

昔泊まった宿を懐かしむ(2) [手記さまざま2]

前回の記事に書いた通り、私は昔泊まった宿をネット検索し始めた。名前がわからなかった宿の資料を引っぱり出し、今日はそれをどんどん検索していった。すると2軒、営業をやめた宿があった。そのうちのひとつは困窮者の住居として再利用されたが、もう一方は取り壊された。そういう事情もちゃんとネット上で記事になっている。宿の取り壊しを惜しむ人は少なくなかったらしく、解体作業途中の写真がいくつもUPされていた。私はその宿の思い出は少ししかないが、それでも自分が泊まった宿が解体されてゆく写真を見るのは辛かった。
他の宿についても書きたい。15年くらい前、私は外国で、ある名物料理を食べようとしていた。それを宿に併設されたレストランのメニューに見つけた。メニューといってもレストランに入ったのではない。よくレストランの入り口でメニューが見られるようになっている、あれだ。その日はもうチャイニーズ・レストランで食事を済ませた後だったが、私はその宿に2泊する。明日は日曜で安息日だから、レストランはきっと賑わうだろう。私は席が無くならないうちに早く観光から帰り、名物料理を注文するのだ。そして日曜。観光から帰った私は、宿の雰囲気に不安を覚えた。まるで私以外に誰もいないかのように静まり返っている。レストランのドアの向こうは妙に暗い。私は入り口のメニューをもう一度見た。上からずっと見てゆくと、いちばん下に次のように書いてあった。「日曜休業。」私は信じたくなかった。レストランのドアに手をかけて動かそうとした。鍵がかかっていた。明日はもう国際空港のある都市へ移動しなければならない。もう一泊することは許されない。それきり私は二度とその宿に泊まることはなかった。でも名物料理は別だ。それから何年か経ち、外国旅行を計画するたびに、私はその名物料理を食べようと努力した。そしてついに食べた。
名物料理は食べたから満足だが、あの宿で感じた無念の思いは今も思い出として残り、他の宿よりも思い出深い宿になった。もう行けないけど、またあの宿を見たい。そして私はネット検索した。あったぞ、あの宿が。長年の間にリフォームしたらしく、宿の入り口とレストランの入り口が別になった。だから、昔からある入り口のほうには横にレストランのメニューがない。世の中は年と共に少しずつ変わる。思い出の場所が今もそのままとは限らない。その時私は検索結果にもうひとつ、この宿の写真を見つけた。その写真は日本人の観光客が宿の入り口で記念撮影しているもので、宿の一部しか写っていない。ところがその写真の撮影年が、なんと私が行った前年だ。そして宿の入り口の横には、白い四角いものが写っている。そう、レストランのメニューだ!私は、この写真をUPしてくれた日本人に感謝した。
ある人がUPした画像や動画が、別の人にとって稀少価値のある大事なものの場合がある。そういう巡り合わせは滅多にないが、それでも絶対に、確率0パーセントではない。もしもその日本人が旅の写真をUPする気にならなかったら、私は宿の入り口の横にあるメニューに再会できなかった。私はそういう縁の大事さをもう一度よく考えて、これからのブログ人生を歩んでゆこうと思う。


昔泊まった宿を懐かしむ [手記さまざま2]

私は今日、ある事情から昔外国旅行をした時のビデオ撮影を引っぱり出してくることになった。しかも宿の撮影限定という特殊さだ。

そもそも、外国旅行をして宿を撮影することは少ない。外国旅行の目的は宿でないから。世界遺産は撮影するだろう。旅に連れがいれば記念撮影するだろう。でも宿は旅の疲れを癒す場所だから、いちいち撮影しないだろう。私は、旅の記録をノートにメモする代わりに、宿の部屋でビデオカメラを動かして記録したことがある。スタートレックでUSSエンタープライズの艦長がマイクに向かって喋り「宇宙歴なんたらかんたら」と航海日誌をつける、あの感じだ。私の場合はマイクでなくビデオカメラだから、その時に宿の部屋の様子も記録される。

でもいつもそうしたわけじゃない。ある町の滞在では宿がまったくビデオに写っていなかった。ハプニングがあって記憶に残っている宿なのに。個人経営の安宿だった。チェックアウトして、コロの壊れた重いスーツケースを引きずって駅へと急ぐ途中、部屋の鍵を持ってきてしまったことに気づいた。列車の時間が迫っているというのに、私は宿へと引き返した。コロの壊れたスーツケースを引きずって走ることはとてもできず、路上に放置しなければならなかった。外国は日本と違い、放置したら無くなって当然、それが常識だ。だからこれは賭けだった。その町が都会でなく寂れた田舎で、しかも早朝で人通りがないのが望みだった。私は息を切らして宿にたどり着き、呼び鈴を押した。宿のおかみさんは鍵がないのに気づいて困っていたらしく、私が息も絶え絶えに鍵を差し出すと安堵した表情で喋りだした。この鍵が無くなると日にちをかけて鍵を作り直さなければいけないと、そこまでおかみさんが喋った時に私はきびすを返し走り去った。列車の時刻が迫っているのだ。おかみさんの話を聞いている暇はない。歩道に放置したスーツケースはそのままあった。列車にも何とか間に合った。あの宿はどんなだっただろう。もう一度見てみたいのにビデオにまったく写っていない。

こうして私のネット検索が始まった。超低速になって動かないADSLを見限り、スマホをPCに接続してテザリングで検索した。旅行から15年くらい経ったので、一部の宿は潰れたかと思っていたが、意外にも今回名前のわかったすべての宿がまだ経営していた。それでも昔と同じとは限らず、この15年の間にリフォームして綺麗になった宿もあった。自分が泊まった当時の宿の姿を見るのが一番の目的だが、リフォームして生まれ変わった宿を見るのも興味深かった。どんな外見かをすっかり忘れていた宿もあった。私は思いがけず有意義な時間が過ごせた。